焙煎 / Trigonelline
トリゴネリンの
分解とナイアシンTrigonelline
生豆に1〜3%(乾物重量比)含まれるアルカロイド、トリゴネリン。当サイト苦味のページでは「苦味への寄与はわずか1%」として登場したが、焙煎中に起きていることはそれだけではない。トリゴネリンは熱で大きく分解し、その分解物の中にビタミンB3(ナイアシン)が含まれる。摂氏何度で、どれだけ分解するのか。査読付き研究とグエルフ大学の博士論文から整理する。
- 生豆での含有量
- 乾物1〜3%
- 焙煎での分解率
- 50〜94%
- 転換が始まる温度
- 180℃超
- 主な生成物
- ナイアシン(VB3)ほか
01
トリゴネリンは、焙煎で大きく減る
SOURCE: Wang(2014)博士論文/Nurhaliza et al. 2026グエルフ大学の博士論文(食品科学)は、標準的な食品化学の教科書(Belitz, Grosch, Schieberle『Food Chemistry』2009年版)を引用し、こう記している。
Primary source quote
生豆でのトリゴネリン含有量は乾物重量比0.6〜2.1%である。焙煎によってトリゴネリンの50〜80%が分解し、その程度は焙煎度に比例する。主な分解生成物はニコチン酸(ナイアシン)、ピリジン、3-メチルピリジン、ニコチン酸メチルエステルである。
2026年に発表された系統的文献レビュー(タイ・ワライラック大学、Trends in Sciences誌)は、さらに具体的な数値を示している。
| コーヒー種 | 焙煎によるトリゴネリン減少率 |
|---|---|
| アラビカ | 80〜94% |
| ロブスタ | 68〜77% |
⚠️ 数値の幅は、資料によって違う。 Wangの博士論文が引用する教科書は「50〜80%」、2026年のレビューは「アラビカ80〜94%・ロブスタ68〜77%」と、数値の幅にずれがある。焙煎条件(温度・時間)や測定手法の違いによるものと考えられるが、両者を単純に平均したり、どちらかを「正解」と決めたりはしない。いずれも査読を経た資料であり、両論併記する。
02
180℃が転換の境目、220℃・20分が生成のピーク
SOURCE: Taguchi, Sakaguchi & Shimabayashi(1985)トリゴネリンからニコチン酸への転換を温度別に調べた最も古典的な研究の1つが、1985年に発表された田口(Taguchi)・阪口(Sakaguchi)・島林(Shimabayashi)の研究(三重大学、Agricultural and Biological Chemistry誌)である。2026年8月27日、J-STAGE(旧誌名 bbb1961 として無料公開)で原論文の本文を直接確認できた。
| 条件 | 分かったこと |
|---|---|
| 加熱温度 | 摂氏180度を超えると、トリゴネリンがニコチン酸へ転換され始める(180℃未満では転換が観測されない) |
| ニコチン酸生成の最適条件 | 220℃・20分(純粋なトリゴネリン試薬を210℃で加熱した実験では、20分でニコチン酸生成が最大、60分でトリゴネリンがほぼ消失) |
| 転換率 | もっとも良い条件でも最大約60%——完全にニコチン酸へ変わるわけではない |
⭐ 原論文の本文を確認できた(2026年8月27日)。 J-STAGE上のPDF(旧誌名表記 bbb1961、5ページ)を直接読み、上表の数値と一致することを確認した。三重大学の田口・阪口・島林が、市販の焙煎豆・生豆・インスタントコーヒー粉末を対象に、ウレア-KOH法によるトリゴネリンの脱メチル化とLactobacillus arabinosusを使った微生物学的定量法で測定した実験である。
焙煎の浅い・深いで、トリゴネリンとニコチン酸の量が逆転する。 原論文の表1は、市販の焙煎豆(浅煎りに近い「アメリカンブレンド」〜深煎りの「アイスコーヒー用」豆)を比較しており、深煎りの豆ほどトリゴネリン含有量が少なく、ニコチン酸含有量が多いという傾向を報告している(アメリカンブレンド:トリゴネリン5.38mg/g・ニコチン酸29µg/g/アイスコーヒー用:トリゴネリン1.96mg/g・ニコチン酸288µg/g)。深煎りほどナイアシンが多く生成されていることを示す数値である。
生豆のトリゴネリン含有量は産地による差が小さい。 原論文の表3は、サントス・モカ・ペルー・コロンビア・ジャマイカ・キリマンジャロ・ジャワなど8種の生豆を比較し、トリゴネリン含有量は乾燥重量100gあたり547〜991mg(ジャワが最少、サントスが最多)、総ニコチン酸量はどの豆も0.8〜1.7mg/100gとほぼ一定だったと報告している。
03
生成物の中に、ビタミンB3(ナイアシン)がある
SOURCE: Wang(2014)博士論文01章で見たとおり、トリゴネリンの分解生成物の1つがニコチン酸——別名ナイアシン、ビタミンB3である。コーヒーが(少量ながら)ナイアシンの供給源になりうるのは、この反応による。
⭐ 「生豆にはなかったビタミンが、焙煎で生まれる」。 ナイアシンは生豆の段階ではごくわずかしか存在せず、焙煎という加熱工程を経て初めて、意味のある量が生まれる。当サイト焙煎の化学ページで紹介した「焙煎は熱を加えているのではなく、風味を作っている」というSCAの見方は、香味成分だけでなく栄養面の変化にも当てはまる、という一例になる。
ただし、他の分解生成物のほうが量的には多い。 01章の引用にあるとおり、生成物にはピリジン・3-メチルピリジン・ニコチン酸メチルエステルも含まれる。これらは香り成分としての性格が強く、栄養面よりも風味面での意味合いが大きいと考えられるが、各生成物の生成比率を定量的に示した資料は今回確認できていない(→05章)。
04
アラビカはトリゴネリンが多く、ロブスタはカフェインが多い
SOURCE: Wang(2014)博士論文トリゴネリンの量は、コーヒーの種によって傾向が異なる。グエルフ大学の博士論文は、生豆の化学組成を比較して次のように述べている。
Primary source quote
ロブスタの生豆と比較して、アラビカ豆は実質的に高い脂質・ショ糖・トリゴネリン含有量を持つが、カフェインとクロロゲン酸(CGA)含有量は低い。
05
今後追加すべき項目
- 各分解生成物の生成比率 — ニコチン酸・ピリジン・3-メチルピリジン・ニコチン酸メチルエステルが、それぞれどの程度の割合で生成されるかは未確認。
- コーヒー1杯あたりのナイアシン量 — 03章はナイアシンが「生まれる」ことまでは示せたが、実際に飲用時にどの程度摂取できるかを日本食品標準成分表等と突き合わせた記述は未着手。
- 01章の数値の幅(50〜80% vs 80〜94%/68〜77%)の原因 — 焙煎条件の違いによるものか、測定手法の違いによるものかは、両論文を突き合わせて検証できていない。
- Wang, X.「Understanding the Formation of CO2 and Its Degassing Behaviours in Coffee」University of Guelph 博士論文(2014年)Section 1.1.3・1.2.5 — トリゴネリンの分解率・生成物(Belitz, Grosch, Schieberle 2009 の引用)、アラビカ・ロブスタの化学組成比較。University of Guelph Atrium でオープンアクセス版の本文を確認(2026年8月25日取得)
- Nurhaliza, N., Herawati, D., Andarwulan, N.「The Dynamic Changes of Chlorogenic Acids and Alkaloids in Coffee Processing and Brewing: A Systematic Literature Review」Trends in Sciences 23(9)(2026年、DOI: 10.48048/tis.2026.13444)— アラビカ・ロブスタ別のトリゴネリン減少率、カフェイン含有量。オープンアクセス誌(Walailak University)。当サイトはWebFetch経由で本文内容を確認(2026年8月25日取得)、PDF直接ダウンロードは未実施
- Taguchi, H., Sakaguchi, M., Shimabayashi, Y.「Trigonelline Content in Coffee Beans and the Thermal Conversion of Trigonelline into Nicotinic Acid during the Roasting of Coffee Beans」Agricultural and Biological Chemistry 49(12):3467-3471(1985年)— 180℃での転換開始、220℃・20分の最適条件、転換率最大約60%、焙煎度によるトリゴネリン/ニコチン酸量の逆転、生豆の産地別含有量。J-STAGE(旧誌名bbb1961、オープンアクセス)で本文確認(2026年8月27日取得)
- Gigl, M. ほか(2026)J Agric Food Chem 74(23) — トリゴネリンの苦味への寄与1%(当サイト苦味ページで既出)