焙煎とは
生豆に熱を加え、風味・香り・色を大きく変化させる工程。SCA自身のコラムでも「2020年の研究では、焙煎度合いはコーヒーの風味を左右する最も強力な要因だった」と紹介されているほど、焙煎はコーヒーの味づくりの中核を占める。このページでは、焙煎の進行度合いを示す実務上の目安、100年近く使われてきた伝統的な呼び名、SCA公式の分類システム、そして2025年に発表された新しい研究・標準策定の動きまでを一次資料に基づいて整理する。
焙煎のページ一覧
当サイトの焙煎カテゴリこのページは焙煎度の分類と測り方を扱っている。焙煎中に何が起きているのか(化学)、焙煎機そのもののしくみ(機械)、焙煎のあとの工程(配合・粉砕)は、それぞれ別のページにある。
焙煎の進行を示す3つの目安:色づき・1ハゼ・2ハゼ
SOURCE: Anokye-Bempah et al., Scientific Reports(2025)2025年7月にScientific Reports誌に発表された、UC Davis Coffee Centerの研究チームによる論文「A universal color curve for roasted arabica coffee」は、焙煎の進行度合いを色(CIELAB表色系のL*値=明度、0が黒・100が白)で定量的に追跡している。焙煎中に豆が通過する3つの目安(色づき/1ハゼ/2ハゼ)について、7種類の異なる焙煎プロファイル・3つの異なる産地の生豆(ウガンダ・シピ滝のウォッシュド、インドネシア・スマトラのウォッシュド、エルサルバドルのハニープロセス)を使った実験でも、驚くほど近い数値に収束することを示した。
(白)
L*62.38
L*29.74
L*19.96
(黒)
数値は論文内の平均値(色づき:L*62.38±2.6、1ハゼ:L*29.74±1.9、2ハゼ:L*19.96±1)。39回・663サンプルの実験データに基づく。
なぜ「色」が味の手がかりになるのか
SOURCE: SCA「Coffee Decoded」コラム(Peter Giuliano)色で焙煎度を測るというやり方は、便宜的な代用品ではない。色を作っている物質そのものが、味と香りを作っている物質でもある——SCAのコラムはそう説明している。
出発点は生豆である。SCAは生豆を「はっきりした風味をあまり持たない、木質の種子」と表現している。そこに最高で250℃に達する熱を加えて水分を完全に飛ばすと、いくつもの化学反応が起きる。中でも重要なのがメイラード反応——タンパク質と糖が一緒に加熱されると、(a) 褐色で、(b) 強く美しい香りを持つ化合物ができるという反応である。
SCAのコラムは、焙煎度合いの重要性を示す研究を3つ挙げている。
| 資料 | 述べていること |
|---|---|
| Yeretzian(2017) Springer Handbook of Odor | 「コーヒーの匂いの生成において最も重要な工程は焙煎である」(The most important step in the creation of coffee odor is roasting) |
| Münchow ほか(2020) Beverages 6(2):29 | 焙煎時間と焙煎の色を比較した文献レビュー。「両者ともコーヒーの風味と有意に関係していたが、焙煎の色のほうが強い予測因子だった」 |
| Frost ほか(2020) J. Food Sci. | ドリップコーヒーの官能特性について6つの変数を測定した結果、焙煎度合いが最も大きな影響を持っていた |
いずれもSCAのコラムが引用しているもので、当サイトは各論文の本文を直接は確認していない(コラム経由の引用)。ページ冒頭と09章で触れている「2020年の研究」は、この表のFrostほかの研究にあたる。
伝統的な8段階の呼び名(1928年〜)
SOURCE: SCA「Coffee Decoded」コラム(Peter Giuliano, 2026年7月2日)SCAのシニアアドバイザーPeter Giuliano氏によるコラムによれば、William Ukersが1928年に著した『All About Coffee』の中で、業界内の呼び名として8段階の焙煎度合いが整理されていたという。
同コラムによれば、これらの呼び名は当時「業界内の専門用語」であり、パッケージに表示されることは「ほとんど、あるいはまったくなかった」という。1960年代の大手ブランドは「rich」「bold」「mountain-grown」のような曖昧な表現を使い、焙煎度合いの呼称が消費者向けに再び使われるようになったのは、1960年代末以降のスペシャルティコーヒー・ムーブメントで、ロースターが自らのクラフトを強調するようになってからだとしている。
現行の公式基準:SCA/Agtron ロースト・カラー・クラシフィケーション・システム
SOURCE: SCA Store「SCA Agtron Roast Color Kit」商品ページ現在、業界で最も広く参照されている公式な焙煎度分類は、SCAが販売する「SCA Agtron Roast Color Kit」(旧SCAA品番R4001)。8枚の色見本タイルで構成され、Agtron社の近赤外線測定(Agtron Gourmet Scale)の数値に対応づけられている。ロースターと購入者の間で「焙煎度合いの合意」を取るための、購入仕様書としての役割を持つ。
10刻みでVery Light(#95)からVery Dark(#25)まで8段階。キットにはPetri皿・背景シート・解説マニュアル(Carl Staub執筆)が付属する。
当サイト抽出ページで扱った「SCA Standard 310-2021:Home Coffee Brewers」は、家庭用抽出機器の試験方法を定めた規格だが、その試験手順の中で焙煎度合いをAgtron数値で指定している。
- Medium(試験用)
- Agtron #55〜65
- Dark(試験用)
- Agtron #35〜45
進行中の変化:新しいロースト・カラー標準の策定(2025年〜)
SOURCE: SCA白書(存在は業界メディア経由で確認)/Scientific Reports論文01章で紹介したUC Davis Coffee Centerの研究は、Coffee Science Foundation(SCAの研究助成組織)の支援を受けたもので、その狙いは論文自身が明記している——「Agtronの商業スケールで40と評価されたコーヒーが、他の測定機器では同じ数値にならないことがある」という、測定機器間の不整合の解消にある。この研究成果を踏まえ、SCAは2025年10月30日付で白書「Developing Roast Color Standards for the Specialty Coffee Industry」を発表し、可視光測定に基づく新しいロースト・カラー標準の策定を進めていると、複数の業界メディア(Daily Coffee News等)が報じている。2025年末に専門家によるレビュー、2026年にStandard Development Panelでのレビューを予定しているという。
「ベイクド」——焙煎が長すぎるとどうなるか
SOURCE: SCA「Coffee Decoded」コラム(Peter Giuliano)焙煎する人たちのあいだで使われる言葉に「ベイクド(baked)」がある。英語の bake も roast も辞書の上では「乾いた熱で加熱する」という似た意味だが、コーヒーの世界では bake のほうだけが特定の失敗を指す言葉になっている。SCAのコラムはこの業界用語の来歴と、それを裏づける研究を整理している。
(ゆっくりした焙煎は「ベイクする」効果をもたらし、十分な発達を与えない)
SCAによれば、ベイクドには2つの意味がある。もともとの、そして最も一般的な意味は「長く遅く焙煎しすぎた」こと。近年これに加えて、豆の温度上昇率(rate of rise)に着目した使い方が現れている——焙煎中に豆の温度が下がったり、上昇率が大きく落ち込んだりした場合をベイクドと呼ぶ焙煎者がいる。どちらの意味でも、できあがったコーヒーは甘さが乏しく、風味が平板だと言われる。
| 研究 | 分かったこと |
|---|---|
| Giacalone ほか(2019) Food Quality and Preference 71 | 焙煎の失敗を官能分析した研究。ベイクドは、焦げや深煎りしすぎといった他の失敗に比べれば「通常の焙煎」に近かったが、それでも通常より苦く、甘さが少ないと知覚された。 |
| Yang ほか(2016) Food Chemistry 211 | 上記に付随する化学分析。ベイクドの試料に、その官能上の違いを説明しうる化学的な差を検出した。 |
| Anastácio ほか(2023) Eur Food Res Technol 249 | 同じ問題を扱ったが、用いた官能試験に十分な統計的検出力がなかった。それでもベイクドには負の官能的影響があるように見える、とSCAは述べている。 |
この節の3つの研究も、いずれもSCAのコラム経由の引用であり、当サイトは各論文の本文を直接確認していない。
⭐ 焙煎で豆はどう変わるのか:重さは減り、体積は増える
SOURCE: FAO「Post Harvest Handling and Processing of Coffee in African Countries」1.10ここまでは色の話だった。焙煎は、豆の重さと大きさも変えている——その数字がFAOの資料に載っている。
| 状態 | かさ密度(kg/リットル) | 読み取れること |
|---|---|---|
| 乾燥豆・パーチメント | 0.40 | 焙煎前 |
| 浅煎りの豆 | 0.37 | 焙煎が進むほど下がる |
| 深煎りの豆 | 0.29 | 浅煎りより2割ほど軽い |
| 粗挽き | 0.31 | 挽くと隙間が詰まって上がる |
| 細挽き | 0.40 |
焙煎とスペシャルティコーヒーの関係
当サイト「スペシャルティコーヒーとは何か」で紹介した、SCAの現行の定義(属性ベースの定義)における「内在的属性(フレーバー・アロマ・マウスフィール)」は、焙煎度合いによって大きく左右される。SCA自身のコラムが引用する2020年の研究が「焙煎度合いはコーヒーの風味を左右する最も強力な要因だった」としているのも、この関係性を裏づけている。生豆の品質(格付けやCOEスコア)と、焙煎という工程は、どちらも欠けてはカップの中の一杯には辿り着けない、別々だが対等な工程といえる。
今後追加すべき項目
- SCA白書の本文 — 会員限定と見られるPDFに2セッション連続でアクセスできず、現時点では業界メディア経由の二次情報にとどまる。今後アクセス可能な環境が見つかり次第、一次資料として本文を再確認する。
- 伝統的な8段階の呼び名とAgtron数値の対応関係(8段階そのものは焙煎度合いの8段階のページで扱っている) — 両者を一対一で対応づけた一次資料は今回確認できなかった。
- 焙煎中に何が起きているかの化学 — 2026年8月21日、独立したページ群として新設した。→焙煎の化学/クロロゲン酸/メラノイジン/香りの成分/酸味の正体/苦味の正体
- 焙煎機(ロースター)の技術的な仕組み・熱風式/直火式等の方式の違い — 2026年8月25日、独立したページ群として新設した。→焙煎機の方式/ドラム式の構造/熱風式(フルイドベッド)の構造/焙煎機の規模/VOCと換気対策
- CQI(Coffee Quality Institute)による焙煎関連の教育カリキュラムの詳細 — Q Program Guidebook等の公開資料を確認したが、Qグレーダー試験における「ロースト・サンプル識別」がスキル項目として挙がる程度で、独立した技術資料としては見当たらなかった。
- Anokye-Bempah, L., Styczynski, T., Ristenpart, W.D., Donis-González, I.R.「A universal color curve for roasted arabica coffee」Scientific Reports 15, 24192(2025年7月7日、DOI: 10.1038/s41598-025-06601-w)——PMC(PubMed Central)オープンアクセス版で本文確認
- Specialty Coffee Association(SCA)公式サイト「Coffee Decoded: Why is Roast Level so Important to Consumers?」(Peter Giuliano、2026年7月2日、sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-3-roast-level-consumers)
- SCA Store「SCA Agtron Roast Color Kit」商品ページ(store.sca.coffee/products/scaa-agtron-roast-color-kit)——本文は業界メディア経由での間接確認、直接アクセスは未実施(04章参照)
- SCA Standard 310-2021「Home Coffee Brewers: Specifications and Test Methods」(当サイト抽出ページで全文確認済み)
- SCA「Coffee Decoded: Flavor from the Fires–Why Roast Color Matters」(Peter Giuliano、sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-4-roast-color)— メイラード反応とメラノイジン、炙煎温度、色と風味の関係、引用されている3研究(Yeretzian 2017/Münchow ほか 2020/Frost ほか 2020)
- SCA「Coffee Decoded: What is "baked" coffee?」(同、sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-8-baked-coffee)— ベイクドの語史(1916年 Coffee and Tea Trade Journal)、2つの定義、引用されている3研究(Giacalone ほか 2019/Yang ほか 2016/Anastácio ほか 2023)
- FAO「Post Harvest Handling and Processing of Coffee in African Countries」(Joackim Mutua, FAO, 2000年12月)1.10 Physical Properties of Coffee (1.10.1 かさ密度/1.10.2 重量歩留まりと焙煎による16%の減量・50〜80%の体積増/1.10.3 水分含有率)。
fao.org/4/x6939e/x6939e01.htm、2026年8月16日取得 - Daily Coffee News「What is a 'Light Roast?' Researchers Outline Vision for a Universal Standard」(2025年7月29日)/「Weekly Coffee News: Towards a Roast Color Standard + East Africa Investment」(2025年12月19日)——SCA白書の存在・時系列の確認に使用