HACHIMARU COFFEE ROASTERY
焙煎 / Bitterness

コーヒーの
苦味の正体Bitterness

「コーヒーが苦いのはカフェインのせい」——これはたぶん、コーヒーについてもっとも広く信じられている説明である。そして、正しくない。40年以上前の研究がすでに、カフェインが苦味全体に占める割合は最大でも10〜30%だと示している。では残りは何なのか。答えは、生豆には存在しない物質である。苦味の主役は、焙煎中にクロロゲン酸が壊れてできるつまりコーヒーの苦味は、豆がもともと持っていた性質ではなく、火が作ったものである。

カフェインの寄与
最大 10〜30%
トリゴネリンの寄与
1%
中浅煎りの主役
クロロゲン酸ラクトン(キニド)
深煎りの主役
フェニルインダン
01

カフェインは、苦味の主役ではない

SOURCE: Gigl et al. 2026(J Agric Food Chem)

2026年に発表された研究の序論が、この論点の現在地を簡潔にまとめている。引用されているのは40年以上前の Chen の研究で、その数字は今もこの分野で参照され続けている。

Primary source quote
40年以上前に Chen が行った研究は、生のコーヒー豆にすでに存在するアルカロイドであるカフェインとトリゴネリンが、コーヒー飲料の苦味全体に対してそれぞれ最大で10〜30%、および1%しか寄与していないことを明らかにした。
Gigl ほか(2026)J Agric Food Chem 74(23):18243-18252 の序論より(当サイトによる訳)。
カフェイン
最大 10〜30%
トリゴネリン
1%
それ以外
残り — 焙煎で生まれる物質
Chen の研究(Gigl ほか 2026 の引用による)/図は当サイトが作成
⚠️ ただしカフェインが無意味なわけではない。 同じ論文は、この直後にこう続けている——「コーヒーの他の苦味化合物で、その閾値をこれほど劇的に超える濃度を示すものは特定されていない。この理由から、カフェインはコーヒー飲料の苦味全体において重要な役割を果たすはずである」寄与率は小さいのに、濃度は圧倒的に高い——この矛盾こそが、この論文が取り組んだ問題である(→04)。
⭐ 歴史の余談として。 論文はこう書いている——1819年、ゲーテの助言を受けて(カフェインの発見者である)ルンゲが、生のコーヒー豆から作った飲料で最初の官能実験を行った。彼はその飲料の「胸が悪くなるほど甘い味」を理由に、苦味物質の存在を否定した。 生豆の抽出液は苦くない——このページの結論を、200年前の記録がすでに示している。
02

では、何が苦いのか

SOURCE: Gigl et al. 2026 / Farah & Donangelo 2006

苦味の主役はクロロゲン酸の分解産物である。クロロゲン酸そのものは苦くない。焙煎で形が変わることで、はじめて苦味物質になる。

クロロゲン酸ラクトン(キニド)

CHLOROGENIC ACID LACTONES / QUINIDES

3-, 4-, 5-CQA や di-CQA が、焙煎によるエステル交換・エピマー化・ラクトン化を経て変わったもの。論文はこれを「強烈に苦い(intensely bitter tasting)」と表現している。量は乾物14%減(中浅煎り)でピークになり、その後は減っていく(→クロロゲン酸 04)。浅めの焙煎でも苦味を感じるのは、この物質のため。

フェニルインダン

PHENYLINDANES

焙煎の後半、キニドがさらに分解して 4-ビニルカテコールになり、それが重合してできる。論文の表現は「荒く、後を引く(harsh and lingering)」苦味深煎りの、口に残る強い苦味の正体とされる。

フルフリルアルコール由来の
ベンゼンジオール・トリオール類

KREPPENHOFER ET AL.

焙煎中、フルフリルアルコールが酸触媒による脱水を起こし、ジヒドロキシベンゼン・トリヒドロキシベンゼンと求電子置換を起こしてできる一連の苦味物質。フルフリルアルコールは香り成分としても主要な化合物である(→香りの成分)——同じ物質が香りにも苦味にも関わっている。

ストレッカーアルデヒドの
反応生成物

GIGL ET AL.

ごく最近特定されたもの。アセトアルデヒド、プロパナール、メチルプロパナールといった揮発性のストレッカーアルデヒドが、キナ酸・キナ酸ラクトン・5-CQAのシスジオール部位でアセタール化を起こしてできる「香り成分」と「非揮発性成分」が結びついて苦味になるという経路である。

⭐ 「苦くないものから、苦いものができる」。 これがこのページの中心にある事実である。クロロゲン酸は苦くない。フルフリルアルコールは香り成分である。アルデヒドも香り成分である。それらが焙煎の熱と時間のなかで組み替えられて、苦味物質になる。焙煎とは、味の材料を苦味に変換する工程でもある。
候補として挙がったが、確認されなかったものもある。 論文は、フルフリルアルコール、5-ヒドロキシメチル-2-フルアルデヒド(HMF)、各種ピラジン、2,5-ジケトピペラジン(DKP)が焙煎コーヒーの苦味物質の候補として提案されてきたが、「これらのいずれについても、コーヒーの苦味全体への寄与を示すことはできなかった」と述べている。「苦い物質である」ことと「そのコーヒーの苦味を作っている」ことは別——濃度が閾値を超えていなければ効かない。
アラビカにだけある苦味物質が見つかっている。 論文は「ごく最近、苦味物質マゾンビオシド(mozambioside)とその分解産物が、アラビカコーヒーにのみ同定された」と述べている。種による苦味の違いに、成分レベルの説明がつきはじめている。コーヒーの種のページ
苦味を抑える成分・強める成分もある。 Gao ほかの研究として、4-カフェオイルキナ酸、5-カフェオイルキナ酸、2-O-β-D-グルコピラノシル-アトラクチリゲニンがコーヒー飲料の苦味全体を抑制しうること、その2年後に同じ著者らが焙煎中に生成する別の5種の化合物(4つのペプチドと2-O-β-D-グリコピラノシル-アトラクチリゲニン)が苦味を増強しうることを報告したと紹介されている。苦味は、足し算だけで決まっていない。
03

焙煎度で、苦味の「質」が入れ替わる

SOURCE: 当サイトによる整理

02の2つの主役は、焙煎のどこで多いかが違う。ここから、焙煎度によって苦味の量だけでなく「性格」が変わることが説明できる。

焙煎の進行優勢な苦味物質苦味の性格(原典の表現)
生豆苦味物質はない。1819年のルンゲの記録では「胸が悪くなるほど甘い」
乾物6〜7%減以降キノラクトンができはじめる
乾物14%減あたり
(中浅煎り)
キノラクトンが最大
アラビカ平均398 mg%(乾物)
「強烈に苦い」
それ以降キノラクトンは減少し、フェニルインダンが増える「荒く、後を引く」
⭐ 深煎りの苦味と浅煎りの苦味は、違う分子が作っている。 「深煎りは苦味が強い」という一般的な説明は、量の話としては正しい(AJCAも「一般的には浅炒りほど酸味が強く、深炒りになるほど苦味を感じるようになります」と書いている)。ただし成分の側から見ると、それは同じ苦味が増えているのではなく、別の苦味に入れ替わっているということになる。この整理は当サイトが複数の出典を突き合わせて作ったものであり、いずれかの原典がこのようにまとめているわけではない。
⚠️ 焙煎度の指標の対応づけは未確認。 「乾物14%減」がAgtron値でいくつなのか、8段階の呼び名でどこなのかを示した一次資料を、当サイトはまだ確認できていない(→06)。そのため上の表は、焙煎の進行の順序を示すものであって、焙煎度の目盛りではない。
04

デカフェにカフェインを足しても、分からなかった

SOURCE: Gigl et al. 2026、官能試験

では01の矛盾——「寄与は小さいのに濃度は圧倒的」——はどう説明されるのか。研究チームは、カフェインを抜いたコーヒーにカフェインを足し、人が気づけるかどうかを試した

デカフェコーヒーに足したカフェインパネルは違いに気づけたか
7.5 mmol/L気づけなかった
10.0 mmol/L気づけなかった
12.5 mmol/L気づけた(苦味強度が有意に増加、p ≤ 0.05)。ただしこの濃度はコーヒー飲料には自然には生じない
Primary source quote
カフェインを添加したコーヒーでは、同じ濃度の純粋なカフェイン溶液と比べて、カフェインの薬臭い苦味を感じ取ることができなかった。パネリストが添加されたカフェインを、その典型的な不快な苦味によって知覚できたのは、コーヒー飲料には自然には生じない 12.5 mmol/L のカフェイン濃度においてのみであった。
Gigl ほか(2026)より(当サイトによる訳)。3-AFC(三点強制選択法)による試験。試料はカプセル式のデカフェコーヒー(コロンビア産アラビカ)を 5.4g/100mL で抽出したもの。
⭐ 「入っているのに、味として立ち上がってこない」。 カフェインは確かに大量に入っていて、単独では強烈に苦い。ところがコーヒーという液体の中では、その苦味が表に出てこない。——ではなぜか。研究チームは「何かがカフェインの苦味を抑えている」と考え、その相手を探した。
05

メラノイジンが、カフェインの苦味を半分に抑えている

SOURCE: Gigl et al. 2026、NMR+官能試験

研究チームはまず、コーヒーの中のカフェインと、水に溶かしただけのカフェインで、NMR(核磁気共鳴)の信号がどう違うかを比べた。信号のずれは、その分子が別の何かとくっついていることを示す。

試したもの苦味の強さ(5点満点、純カフェイン溶液=5.0)
カフェイン水溶液(7.5 mmol/L)=基準5.0(「荒く、アルカロイド的で、薬のような苦味」と表現された)
カフェイン + 5-CQA + 高分子画分(メラノイジン)
——いずれもコーヒー中の自然な濃度
2.5 ± 0.3(「よりまろやかで、よりコーヒーらしく、全体としてより心地よい」)
Primary source quote
カフェイン、5-CQA、高分子画分からなる複合体の苦味は、純粋なカフェイン基準溶液と比べて、およそ半分の強さでしかなかった。パネルはまた苦味の質の変化にも言及し、それをよりまろやかで、よりコーヒーらしく、全体としてより心地よいと表現した。
Gigl ほか(2026)より(当サイトによる訳)。高分子画分は、コーヒー飲料を限外ろ過して取り出したもの。試料はすべて pH 5.5 に調整し、色の違いはカラメル色素と赤色照明で隠したうえで評価された。
⭐ 論文が確かめた3つのこと。カフェインとクロロゲン酸(CQA)の複合体は、カフェインの苦味に影響しない——これが当初の仮説だったが、否定された。②カフェインは、CQAとの複合体のほかに、コーヒーの高分子(メラノイジンを含む)画分とも相互作用している。③その相互作用によって、苦味の強さが半分になり、質も変わる。
π–π相互作用という結びつき方。 論文は、この結合をπ–π相互作用——平たい芳香環どうしが重なり合うようにして引き合う結びつき——によるものとしている。ポリフェノールは焙煎の過程で高分子画分に結合しうるため、π電子を提供できると説明されている。化学結合で別の物質になるのではなく、くっついているあいだだけ味が変わる——という種類の現象である。
香り成分も同じことをしている。 論文は、2-フルフリルチオール(FFT)やピラジンといった特定の香り成分も、同じくコーヒーの高分子画分とπ–π相互作用で結びつきうることが示されていると述べている(Gigl ほかの先行研究)。メラノイジンは、味と香りの両方を抱え込んでいる。メラノイジンのページ
⭐ 焙煎が苦味を「作り」、同時に「抑えて」いる。 焙煎はクロロゲン酸を苦味物質に変える(02)。同じ焙煎が、その苦味を和らげるメラノイジンも作る(05)。コーヒーの苦味が「不快でない苦味」でありうるのは、この二重の働きの結果だと読める。この読み方は当サイトによる整理である。
06

今後追加すべき項目

  1. Gigl, M. ほか「Impact of Interactions between Melanoidins and Caffeine on the Bitter Taste of Coffee Beverages」Journal of Agricultural and Food Chemistry 74(23):18243-18252(2026年6月3日、DOI: 10.1021/acs.jafc.5c17022)— 本ページの骨格。カフェイン10〜30%・トリゴネリン1%(Chen の研究として引用)、キニドとフェニルインダンの生成経路、Kreppenhofer ほか・Gao ほか・マゾンビオシドの言及、1819年のルンゲの記録、3-AFC試験(7.5/10.0/12.5 mmol/L)、NMRによる相互作用の確認、苦味強度 5.0 対 2.5±0.3 の官能試験。PMC(PMC13281520)のオープンアクセス版で本文確認(2026年8月21日取得)
  2. Farah, A., Donangelo, C.M.「Phenolic compounds in coffee」Brazilian Journal of Plant Physiology 18(1):23-36(2006年)— キノラクトンの生成量と焙煎度との関係(乾物6〜7%減で生成開始、14%減でピーク、アラビカ平均398 mg%)。オープンアクセス版PDFで全文確認(2026年8月21日取得)
  3. 全日本コーヒー協会(AJCA)「焙煎・配合・粉砕」(coffee.ajca.or.jp/column/4472/、2026年8月21日取得)— 03の「浅炒りほど酸味が強く、深炒りになるほど苦味を感じる」
  4. 焙煎度と苦味物質の入れ替わりの整理(03)、および「焙煎が苦味を作り、同時に抑えている」という読み方(05)は、当サイトが複数の出典を突き合わせて作成したものである。いずれの原典もそのようにまとめてはいない。