01
残留CO2は「焙煎度」で決まり、「焙煎温度」では決まらない
SOURCE: Wang(2014)University of Guelph 博士論文
グエルフ大学の博士論文は、220〜250℃の異なる焙煎温度で焙煎したコーヒー豆の残留CO2量を実測し、次のように結論づけている。
Primary source quote
焙煎後の豆に残留するCO2量は、焙煎の程度のみに依存し、適用された焙煎温度には依存しなかった。
Wang(2014)博士論文 要旨より(当サイトによる訳)。
焙煎度 残留CO2量(目安)
中煎り(medium) 約 11 mg/g
深煎り(dark) 約 15 mg/g
⭐ 「焙煎温度が違っても、色(L*値)が同じなら、CO2量も同じ」。 同論文は「与えられたL*値において、焙煎温度による残留CO2量への影響は見られず、L*値は焙煎条件によらず残留CO2量の指標として使いうることを示している」 と述べている。色を見れば、CO2量もおおよそ分かる 、という実務的に便利な関係である。ただし深煎りを超えて焙煎を続けると、この相関は逆転する (→03章)。
02
放出速度は「焙煎条件」で変わる——高温短時間ほど速い
SOURCE: Wang(2014)博士論文
01章の「残留量」に対して、「放出される速さ」は焙煎条件によって明確に変わる。同論文は、高温短時間(HTST)と低温長時間(LTLT)という2つの焙煎方式を比較した。
Primary source quote
CO2の脱ガス(デガッシング)は、低温長時間(LTLT)で処理されたものと比べ、高温短時間(HTST)で処理された焙煎コーヒーにおいて有意に速いことが示された(p<0.05)。さらに、CO2の脱ガス速度は焙煎の程度が進むほど増加した。
Wang(2014)博士論文 要旨より(当サイトによる訳)。
⭐ 「深煎りほど、早く鮮度が落ちる」ことの裏づけの1つ。 深煎りほどCO2放出が速いという結果は、
深煎り豆は早めに使い切ったほうがよい という実務上の経験則に、数値的な裏づけを与えている。→
保存のページ
03
2ハゼがCO2量のピーク——そのあとは減っていく
SOURCE: Wang(2014)博士論文
焙煎時間を横軸にとって残留CO2量を追うと、ある時点で最大値を迎え、その後は減少に転じる という山型のグラフになる。同論文はこのピークを2ハゼ と結びつけて説明している(詳細は1ハゼ・2ハゼのページ03章 で扱った)。
焙煎温度 焙煎終了時点の残留CO2
220℃ 約 11.2 mg/g
250℃ 約 13.5 mg/g
同論文は、CO2生成速度がアレニウスの式によく従い、活性化エネルギーは96.6 kJ/mol だったと報告している(初期段階のみで解析。2ハゼ以降は微細構造の変化が大きいため対象外とした)。
低温で焙煎したほうが、最終的な残留CO2は少ない。 同論文は「低い温度で焙煎した豆の残留CO2が少ないのは、より長い焙煎時間の間に、より多くのCO2が放出されたためと考えられる」 と説明している。速く強い加熱ほど、豆の中に多くのCO2が閉じ込められたまま残る 、ということになる。
04
挽くと、放出は一気に速くなる
SOURCE: Wang(2014)博士論文
豆を挽くと、表面積が一気に増える。これがCO2放出にどう影響するかも同論文は測定している。
Primary source quote
ホールビーンと比較して、挽いたコーヒーではCO2の脱ガスが有意に速く、その速度は粒度と焙煎温度に強く依存する一方、焙煎の程度への依存は小さかった。
Wang(2014)博士論文 要旨より(当サイトによる訳)。
⭐ 「粉にした瞬間から、鮮度の時計が進み始める」。 ホールビーンでの保存が推奨される理由が、ここに数値的な裏づけとして加わる。
細挽きほど・焙煎温度が高いほど放出が速い 一方、
焙煎度(浅煎り・深煎りの違い)の影響は、粉にしたあとでは小さくなる という、01〜02章とはやや異なる関係が見えている。→
挽き方のページ
環境(温度・湿度)も放出速度を左右する。 同論文は「CO2の脱ガス速度は、環境温度と相対湿度の上昇とともに増加した」 とも報告している。保管場所の温湿度も、鮮度に無関係ではないことになる。
05
CO2はどこから来るのか——クロロゲン酸だけでは説明できない
SOURCE: Wang(2014)博士論文
同論文はさらに一歩踏み込み、「CO2の主な前駆物質はクロロゲン酸(CGA) だ」という仮説 を検証している。
Primary source quote
総クロロゲン酸量と残留CO2量のあいだに強い負の相関(R2>0.9)が検出されたものの、純粋なCGAの加熱によるCO2生成の定量分析では、230℃でわずか約8%の収率しか示さず、CGAはCO2前駆物質の1つではあるが、主たるものではないと結論づけた。
Wang(2014)博士論文 要旨より(当サイトによる訳)。
⭐ 「相関があっても、原因ではないことがある」。 クロロゲン酸の減少とCO2の増加は統計的には強く相関する が、実際にクロロゲン酸を熱してもCO2は8%しか出てこない ——この不一致から、同論文はメイラード反応こそがCO2の主な生成源 という代替仮説に進み、グリシンとショ糖のモデル実験で大量のCO2がメイラード反応から生成されることを確認した としている。相関を原因と決めつけず、実験で確かめ直す という研究の進め方そのものが、このページで紹介する価値のある内容だと判断した。
06
今後追加すべき項目
デガッシングの半減期・具体的な時間軸 — このページは「速い・遅い」という相対比較にとどまり、実際に「何時間で何%抜けるか」という具体的な時間軸の数値は今回扱えていない。同論文にはワイブル分布モデルによる詳細データがあり、次回以降に追加したい。
包装・バルブとの関係 — 市販の豆袋についているガス抜きバルブ(ワンウェイバルブ)の仕組みと、このページのCO2量・放出速度との定量的な関係は未着手。
抽出への影響 — CO2量がクレマの形成や抽出の均一性にどう影響するかは、当サイトエスプレッソのページ と合わせて今後整理したい。
グリーンコーヒーの各画分(タンパク質・多糖類)からのCO2生成比率 — 05章の博士論文はさらに、水不溶性タンパク質・多糖類など複数の画分を単離してCO2生成を調べているが、当サイトは今回その詳細までは扱っていない。
焙煎 1ハゼ・2ハゼの物理的機構
焙煎 クロロゲン酸
焙煎 焙煎の化学(メイラード反応)
焙煎 挽き方と粒度
保存 コーヒー豆の保存方法
Wang, X.「Understanding the Formation of CO2 and Its Degassing Behaviours in Coffee」University of Guelph 博士論文(Food Science、指導教員 Loong-Tak Lim、2014年5月)Chapter 3〜5 — 残留CO2量と焙煎温度・焙煎度の関係、HTST/LTLTでの脱ガス速度差、活性化エネルギー96.6 kJ/mol、挽き方・環境条件の影響、クロロゲン酸仮説の検証。University of Guelph Atrium(機関リポジトリ)でオープンアクセス版の本文を確認(2026年8月25日取得)