コーヒー豆の保存方法
買ったコーヒーを、飲みきるまでどう置いておくか。日本には、コーヒーの袋に「保存方法」をどう書くかを定めた公的に認定された表示ルールがあり、全日本コーヒー協会(AJCA)も劣化の理由を公開している。さらにSCA(スペシャルティコーヒー協会)は、焙煎後にコーヒーから何が失われていくのかを測定した研究を公開している。このページはその3つの資料に書かれていることだけを整理したもので、書かれていないこと(家庭の冷蔵庫・冷凍庫の可否など)は、書かれていないと明記する。
結論:袋に書いてある一文が答えになっている
SOURCE: 公正競争規約施行規則 第2条(5) / AJCA市販のコーヒーの袋の裏には、必ず「保存方法」という欄がある。これは各社が思い思いに書いているのではなく、「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約」の施行規則が、書き方の例そのものを定めている。
全日本コーヒー協会(AJCA)は、この欄の意味をさらに噛みくだいて説明している。「品質や香りを保つため、直射日光を避け冷暗所での保存が基本です」。ここでいう「冷暗所」は、暗くて温度が上がりにくい場所という意味であり、冷蔵庫を指す言葉ではない(→06)。
1・2は規約が定める表示例、3・4はAJCAが開封後の劣化として挙げているもの(→02)。
開封したあとに何が起きるのか
SOURCE: AJCA「情報ラベル(一括表示)の見方」袋を開けた瞬間から、コーヒーには3つのことが同時に起きる。AJCAはそれを一文にまとめている。
豆のまま置くか、挽いた粉で置くか
SOURCE: AJCA「コーヒーができるまで④ 焙煎・配合・粉砕」「豆のまま買ったほうがいい」とよく言われるが、その理由をAJCAは表面積という一語で説明している。
同じ資料は焙煎についても「焙煎されたてのコーヒーが香気成分が最も多く、次第に劣化していきます」と記している。焙煎した時点が香りの最大値で、そこから減っていく——という前提に立つと、保存の話は「増やす方法」ではなく「減り方をどれだけ緩やかにするか」の話だと分かる。その「減り方」を実際に測ったのがSCAの資料である(→04)。
焙煎からの3週間に何が起きているか
SOURCE: SCA「Coffee Decoded」/SCA Coffee Freshness HandbookSCA(スペシャルティコーヒー協会)が公開している解説コラム「Coffee Decoded」は、「フレッシュなコーヒーとは何か」を炭酸ガス(CO₂)の量で説明している。ここまで日本側の資料が「香りが逃げる」「酸化する」と別々に書いていた2つが、同じひとつの現象の表と裏であることが分かる。
仕組みはこうである。焙煎では、褐色の香りをつくるメイラード反応と同時に、ストレッカー分解によって炭酸ガスが発生する。このガスは豆の細胞の構造の中に閉じ込められ、香りの成分を運ぶ「乗り物」として働く。ところが焙煎後、ガスは細胞壁を通って少しずつ抜けていく——これがデガッシング(脱ガス)と呼ばれる現象で、コーヒーはその分だけ香りを失っていく。
(炭酸ガスの放出は焙煎後20日ほどのあいだ急速に進み、その後は劇的に緩やかになる)
SCAの原文は「if you use CO₂ degassing as a guide(炭酸ガスの放出を目安にするなら)」という条件つきの表現で、豆のままなら焙煎から約3週間、挽いた粉なら粉砕から約1時間が「フレッシュ」と考えられる、としている。味の好みや期限を定めた基準ではなく、あくまでガス量を目安にした場合の数字である点に注意。
賞味期限は「開封前」の話である
SOURCE: 公正競争規約施行規則 第2条(4)袋に書かれた賞味期限を「この日まで大丈夫」と読む人は多いが、規約の定義文を読むと前提条件が2つ付いていることが分かる。
読み取れることは3つある。
- ① 前提は「開封前」。 袋を開けた時点で、賞味期限が想定している状態から外れる。だからこそ袋には別に「開封後は密封保存し、できるだけ早めに」と書かれている。
- ② 前提は「定められた方法により保存した場合」。 つまり直射日光・高温多湿を避けて置いた場合の期限であり、車の中や日の当たる棚に置いたなら前提が崩れる。
- ③ 期限は「事業者が認める期限」。 法律が一律に決めた日数ではなく、その商品を作った会社が品質を保証できると判断した期限である。同じ豆でも包装が違えば期限が違うのは、このためである。
冷蔵庫・冷凍庫はどうなのか
確認できた範囲と、確認できていない範囲実際に最も多く聞かれる質問である。ここは言えることと言えないことをはっきり分けて書く。
| 対象 | 一次資料に書かれていること |
|---|---|
| 生豆(焙煎前) | SCAは冷凍について明確に述べている。「Cool, dry environments help preserve a green coffee's freshness, to the point where deep-freezing very nearly suspends its aging(涼しく乾いた環境は生豆の鮮度を保つのに役立ち、深冷凍はその老化をほぼ停止させるほどである)」。ただしこれは産地・輸入業者・焙煎業者が扱う生豆の話である。 |
| 焙煎豆(家庭) | 確認できていない。 公正競争規約にもAJCAの公開ページにも、家庭で焙煎豆を冷蔵庫・冷凍庫に入れてよいかを定めた記述はない。規約とAJCAが使う「冷暗所」は、暗くて温度が上がりにくい場所という意味で、冷蔵庫を指す語としては書かれていない。 |
産地での「生豆の保管」は別の話
SOURCE: SCA「Coffee Decoded」/ITC・CQI教材当サイトの乾燥ページには、産地で乾燥を終えた生豆をどう保管するかという記述がある(倉庫の相対湿度50〜70%、高品質ロットにはGrainPro等のバリア包装、といった水準)。これは焙煎前の生豆を、産地の倉庫で、数か月から年単位で保つための話であり、家庭で焙煎豆を数週間保つ話とは目的も規模も違う。
SCAはこの「生豆が古びていく」現象にも名前をつけている。収穫・精製を終えて輸出できる状態になったばかりの豆を「フレッシュクロップ(新豆)」と呼び、次の収穫期を迎えた前年の豆を「パストクロップ(古豆)」と呼ぶ。SCAによれば、ウォッシュド精製の生豆の色は鮮やかな灰緑色から淡いベージュへ移り、風味はくすみ、香りは生気を失う。数か月で持ち味を失う豆もあれば、14〜16か月ものあいだ性格を保つ豆もあるという。
今後追加すべき項目
- 家庭での焙煎豆の冷蔵・冷凍 — 06節のとおり未確認。SCA The Coffee Freshness Handbook 本文の入手が次の一手。
- 保存容器(キャニスター・バルブ付き袋・脱気)の効果 — SCAは生豆について「特殊なプラスチックやマイラーの袋が役立つ。おそらく酸素を排除することによって」と述べているが、原文自体が推定形であり、焙煎豆の容器についての記述は見つかっていない。
- 焙煎直後のガス抜き(デガッシング)期間 — 04節は「失われていく」側の話。焙煎直後は逆にガスが多すぎて抽出が安定しないとも言われるが、その適正日数を示した一次資料はまだ確認できていない。焙煎ページと合わせて扱う予定。
- 挽き方(粒度)ごとの劣化の差 — AJCAは粉全般、SCAは「挽くと数分」とまでは述べているが、粗挽き・細挽きの差までは記載がない。
- 日本の焙煎業者が用いる賞味期限設定の実際 — 規約は「事業者が認める期限」とするのみで、設定方法の基準は定めていない。
- 全日本コーヒー公正取引協議会「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約 及び 同施行規則」(平成30年5月21日 公正取引委員会・消費者庁認定、告示第6号)— 施行規則 第2条(4) 賞味期限、同(5) 保存方法、同(6) 使用上の注意
- 全日本コーヒー協会(AJCA)「情報ラベル(一括表示)の見方」— 保存方法・使用上の注意の解説
- 全日本コーヒー協会(AJCA)「コーヒーができるまで④ 焙煎・配合・粉砕」— 粉砕後の劣化、焙煎直後の香気成分
- SCA「Coffee Decoded: What is "freshly roasted" coffee?」(Peter Giuliano, SCA Senior Advisor for Scientific Communication)— デガッシング、CO₂と酸化の関係、豆約3週間/粉約1時間の目安、クレマとブルーム
- SCA「Coffee Decoded: What is "fresh crop" coffee?」(同)— フレッシュクロップとパストクロップ、生豆の老化、PPOによる褐変、深冷凍による老化の停止
- 上記[4]が図の出典として挙げる SCA Coffee Freshness Handbook(Smrke, Sage, Wellinger, Yeretzian、2018年、SCA刊)Figure 14。同図の元データは Smrke ほか「Time-Resolved Gravimetric Method To Assess Degassing of Roasted Coffee」J. Agric. Food Chem. 66(21), 2018。いずれも当サイトは本文を未入手で、SCAのコラム経由での引用である。
- 出典の位置づけについて:公正競争規約は景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)第31条第1項に基づく業界の自主ルールで、公正取引委員会・消費者庁の認定を受けたもの。当サイトが基準とする7団体そのものではないが、日本国内の表示について公的に認定されたルールであるため一次資料として扱った。全日本コーヒー協会(AJCA)とSCAは7団体のうちの2つ。