HACHIMARU COFFEE ROASTERY
抽出 / Paper Drip / Pour Over

ペーパードリップPaper Drip / Pour Over

紙のフィルターに粉を入れ、お湯を注いで重さだけで落とす——いちばん身近な淹れ方である。全日本コーヒー協会は粉12g・湯160mL・95℃前後20秒蒸らして20→80→40→20mLの順に注ぐ手順を公開している。一方SCAの公式指針は粉22g・湯400gで、粉と湯の比率がはっきり違う。どちらも一次資料なので、当サイトは並べて示す

粉と湯(AJCA)
12g/160mL
湯温
95℃前後
蒸らし
20mLで20秒
できあがりの温度
約65℃
01

ペーパードリップとは

SOURCE: 全日本コーヒー協会「ペーパードリップ式」

紙のフィルターに挽いた粉を入れ、上からお湯を注いで、重さだけで下に落とす——それがペーパードリップである。AJCA(全日本コーヒー協会)は「はじめての人でも簡単に本格コーヒーを淹れることができる」方式として紹介している。

⭐ ドリッパーには「1つ穴式」と「3つ穴式」がある。 AJCAは「ペーパードリップには、1つ穴式と3つ穴式とがあり、抽出する速度が違ってきます。器具にあった湯の注ぎ方をしましょう」と書いている。穴の数が違えば、お湯が落ちる速さが違うということである。どちらがどう味に出るかまでは、この資料は書いていない(→06)。
02

AJCAの手順(1杯140mL分)

SOURCE: 全日本コーヒー協会「ペーパードリップ式」
材料(1杯140mL分)分量
コーヒー粉12g(中細挽き)
160mL(うち20mLは蒸らし用)
準備
湯を沸かし、湯温が95℃前後になるまで少し置く。ペーパーフィルターのシール目を交互に折り曲げ、ドリッパーにセットする。
蒸らし
コーヒー粉を入れ、20mL注湯平らに整えた粉の中心に静かにお湯をのせ、20秒ほど蒸らす。
1投目
80mL注湯。小さな円を描くようにやさしく注ぐ(1円玉くらいの円を描くように)。
2投目
40mL注湯。ドリッパー内の湯量が1/3程度減ったら2投目を注ぐ。
3投目
20mL注湯。2投目と同様に注ぐ。
完成
できあがり! 理想の湯温は約65℃。
⭐ 20 → 80 → 40 → 20mL。注ぐ量は一定ではない。 いちばん多いのは1投目の80mLで、回を追うごとに減っていく次を注ぐタイミングも「ドリッパー内の湯量が1/3程度減ったら」と決められている——時間ではなく、見た目で判断する指示になっている点が、この手順の特徴である。
「理想の湯温は約65℃」は、できあがりの温度である。 注ぐお湯は95℃前後カップに入った状態で約65℃——という2つの温度が出てくる。混同しないよう、AJCAは工程の最後にこの数字を置いている。
03

濃さの目安は「ブリックス約1.4%」

SOURCE: 全日本コーヒー協会 / SCA Standard 310-2021
Primary source quote
おいしいドリップコーヒーの最適なブリックス(濃度)は、約1.4%前後と言われています。その濃度を作り出すため、器具にあわせた適量のコーヒーを使用することが大切です。
全日本コーヒー協会「ペーパードリップ式」より。AJCA自身が「と言われています」という書き方をしている点は、そのまま伝えておく。
⭐ この1.4%は、SCAが定める濃度の範囲とほぼ重なる。 当サイトの抽出のページで扱っているとおり、コーヒー業界では抽出濃度をTDS(溶存固形分)で表し、1.15〜1.35%が目安とされる(ただしこの数値自体は当サイトがSCAの一次テキストで確認できていない)。ブリックスは糖度計で測る屈折率由来の値で、TDSとは測り方が違う——両者を同じものとして扱ってよいかを述べた資料は、今回確認していない近い数字が出ている、という以上のことは書かない。
04

SCAの公式指針と並べてみる

SOURCE: SCAA プアオーバー抽出ガイドライン

当サイトは抽出ページ 09章で、SCAA(現SCA)が公開している2杯用プアオーバー器具のガイドラインを扱っている。AJCAの手順と並べると、考え方の違いが見える。

項目AJCA(1杯140mL)SCAA(2杯用プアオーバー)
12g(中細挽き)22g(中細挽き)
160mL400g
粉と湯の比率湯1kgあたり75g湯1kgあたり55g
湯温95℃前後93.5℃(200°F)
蒸らし20mLで20秒50gで30秒
抽出時間指定なし(湯量で判断)2分30秒〜3分
⭐ 比率がはっきり違う。 AJCAは湯1kgあたり75g、SCAAは55g——AJCAのほうが4割ほど濃い計算になる。どちらかが間違っているという話ではないSCAAの55g/kgはSCA Standard 310-2021が定める「標準抽出比率」と同じ数値で、認証機器の取扱説明書に明記が義務づけられているほどの基準である(→抽出ページ 02章)。一方AJCAの数値は日本の家庭向けの1杯分のレシピである。目的も対象も違う2つの数値を、当サイトはどちらも正しいものとして並べて示す。
共通しているのは「蒸らし」である。 どちらも、最初に少量の湯を注いで一度止める工程を置いている(AJCA 20秒/SCAA 30秒)。この工程で粉がふくらむのは、焙煎豆に閉じ込められていた炭酸ガスが出るからだとSCAは説明している——新しい豆ほどよくふくらむ(→保存のページ)。
05

挽き方は「中細挽き」——ただし公的な定義は粗さだけ

SOURCE: 公正競争規約 別表1 / AJCA

AJCAはペーパードリップに中細挽きを挙げている(器具×挽き方の表では中細挽きと中挽き)。この「中細挽き」という言葉自体は、日本の公正競争規約が定める公的な区分である。

区分規約 別表1 の定義
中挽きグラニュー糖程度の粗さ(ミディアムグラインド/レギュラーファイングラインド)
中細挽き中挽き、細挽きの中間の粗さ(ミディアムファイングラインド)
粗(荒)挽きザラメ状又はそれ以上の粗さドリップグラインド/コースグラインド)
⚠️ 規約の「粗挽き」の別名が「ドリップグラインド」である点に注意。 規約は粗挽きに「ドリップグラインド」という英語名を併記しているのに、AJCAはペーパードリップに中細挽き〜中挽きを挙げている英語名と実際の推奨が一致していないことになる。規約の別表1は前置きで「いれ方や器具に適した挽き方も求められるが、一般的には下記を基準とする」と述べるにとどまり、器具との対応づけはしていない——つまり規約の英語名は器具の指定ではない、と読むのが素直だが、そう明言した資料は確認できていないので、当サイトは食い違いをそのまま示す
06

「落としきると渋みが残る」は何が起きているのか

SOURCE: Schmieder et al., Foods(2023年)/ Frank, Zehentbauer & Hofmann, European Food Research and Technology(2006年)/ Moroney et al., PLOS ONE(2019年)

「湯量のレシオ通り最後まで落とす」現在の淹れ方に対し、一昔前は「サーバーに落ちた量を見ながら途中で止める」淹れ方が主流だった、という実務上の変化がある。この背景として業界でよく語られるのが「最後まで落としきると渋みが残る」という経験則である。当サイトが一次資料から確認できたこと確認できなかったことを、切り分けて示す。

①確認できたこと:抽出液は時間とともに薄くなり続け、成分ごとに薄くなる速さが違う。 抽出ページ07章で扱ったSchmieder et al.(2023)は、パーコレーション式(エスプレッソ)の抽出を時間経過で10画分に分けて測定し、すべての成分の濃度は最初の画分でもっとも高く、抽出が進むほど指数関数的に下がること、そしてトリゴネリンとTDSがもっとも速く下がり、5-CQA・カフェインはそれより緩やかに下がることを報告している。つまり抽出の後半に出てくる湯は「同じコーヒーが薄まったもの」ではなく、「相対的な成分構成そのものが変化した液体」だという点は、実測データの裏付けがある(対象はエスプレッソで、ハンドドリップそのものではない——抽出ページ07章の開示を参照)。
Primary source quote
Sensory-guided fractionation of a roasted coffee brew ... demonstrated a group of ethyl acetate soluble compounds formed from O-hydroxycinnamoyl quinic acid derivatives upon coffee roasting as the key compounds contributing to the bitter taste of roasted coffee beverages.
Frank, Zehentbauer & Hofmann(2006)要旨より。日本語訳:「焙煎したコーヒー抽出液を感覚(苦味)を指標に分画した結果、コーヒー焙煎の過程でO-ヒドロキシケイ皮酸キナ酸誘導体(クロロゲン酸類)から生成する一群のエチル酢酸可溶性化合物が、苦味の主要な原因物質であることが示された」
②確認できたこと:苦味の主要な原因物質は、クロロゲン酸が焙煎で変化してできる「キニド(quinide)」というラクトン類である。 ミュンヘン工科大学のFrank・Zehentbauer・Hofmannが2006年に発表した論文は、焙煎コーヒー抽出液を溶媒抽出・限外濾過・HPLCで苦味の強さを指標に分画し、原因物質を特定した。特定されたのはカフェオイル-γ-キニド、カフェオイル-エピ-δ-キニドなど、生豆のクロロゲン酸(カフェオイルキナ酸・フェルロイルキナ酸)が焙煎によって変化してできる複数のラクトン化合物だと報告している。開示:本セッションで確認できたのは要旨(アブストラクト)のみで、本文(有料)は未確認。化合物名・分画手法は要旨に明記されている範囲で紹介している。
③確認できなかったこと:①と②を直接つなぐデータ。 Frank et al.の分画は「時間で区切った抽出画分」ではなく、「できあがった抽出液を分子の性質(溶解度など)で分けた画分」である。つまり「キニド類が、ハンドドリップの抽出後半になるほど相対的に多く出てくる」ということを時間分解で直接測定した資料は、本セッションでは見つかっていない。①の抽出速度データと②の化合物同定データは、それぞれ独立した研究であり、この2つを橋渡しする一次資料は、当サイトの今後の課題として残す。「全部落としきると渋みが残る」という経験則そのものを否定するものではないが、その化学的なメカニズムを直接示した論文は、まだ確認できていない、というのが現状である。
Primary source quote
Simplified, these have been grouped into acidic, sweet and bitter compounds, that dissolve at different rates throughout the extraction of an espresso. This means that the first part of the espresso is dominated by acidic/sour flavours, sweetness in the middle and bitterness towards the end. [...] Extraction yields under 18% (under-extracted) lack flavour and the coffee can taste too acidic. For extraction yields above 22% (over-extracted) the coffee can taste too bitter.
Moroney, O’Connell, Meikle-Janney, O’Brien, Walker & Lee、PLOS ONE(2019年、オープンアクセス)より。日本語訳:「単純化すると、これらの成分は酸味・甘味・苦味の3グループに分けられ、エスプレッソの抽出が進む中でそれぞれ異なる速さで溶け出す。つまりエスプレッソの前半は酸味系の風味が中心で、中盤に甘さが、終盤に苦味が出てくる。(中略)抽出率が18%未満(未抽出)だと風味に乏しく、酸味が強すぎると感じられることがある。抽出率が22%を超える(過抽出)と、苦味が強すぎると感じられることがある」
④これも確認できたこと:「渋み」を数値の言葉に置き換えると「抽出率22%超」になる、という業界の目安には査読誌の裏付けがある。 抽出ページ07章で扱った通り、この論文は「抽出率18〜22%が目安、22%を超えると過抽出=苦味が強すぎる」という数値の出典としてLockhart(1957年)とSCAE Gold Cup研究(2013年)を明記しており、「前半が酸味・中盤が甘さ・終盤が苦味」という順序も同じ論文が業界の共通認識として述べている。ただしこの順序の一文自体には個別の引用が付いておらず、この論文が独自に測定したデータではない——③で述べた「時間分解でキニド類を直接測定した資料がない」という限界は、この情報を加えても変わらない。あくまで「抽出率という数値」と「苦味の感じ方」を結びつける、より確度の高い裏付けが1つ増えた、という位置づけである。
⑤ユーザーの質問への回答:「レシオ固定で落としきる」と「出来高で止める(例:粉15g→出来高150g、2〜2.5分)」では、どちらが過抽出になりやすいか。 この2つの淹れ方プロトコルを直接比較した学術資料は、本セッションでも見つからなかった。ただし同じMoroney(2019)の実験は、手がかりになる事実を報告している——論文はエスプレッソ用の浅い粉層に、本来ハンドドリップ向きの湯量比(レシオ)を通したところ、「少なくとも細挽きでは、最終的な抽出液は明らかに過抽出(highly overextracted)だった」と述べている。つまり過抽出は、抽出時間だけでなく、粉の量に対して通す湯の総量(レシオ)が多すぎることでも起こる、という点は実測データで裏付けられている。

ここから先は当サイトの推論であり、一次資料の直接的な結論ではない。「出来高で止める」淹れ方は、狙った出来高(例:150g)に届くまで湯を注ぎ足すため、粉やフィルターへの吸水分を差し引いた実際の総湯量が、淹れる人や粉の状態によって変動しやすい。これに対し「レシオ固定」は総湯量を最初に確定させるため、狙った抽出率からのブレが理屈のうえでは小さくなりやすい。この理屈が正しければ、「出来高で止める」淹れ方が結果的に過抽出(湯の使いすぎ)に振れやすい、というユーザーの直感を支持する方向にはなる。ただしこれは、①〜④の一次資料が示す「レシオ(総湯量)が抽出率を左右する」という原理を当てはめた当サイトの推論であり、この2つのレシピそのものを比較・測定した研究ではない。
コモディティとスペシャルティで抽出の考え方が違う、という点について。 「コモディティは途中で止める、スペシャルティは落としきる」という実務上の使い分けそのものを扱った、7団体または査読誌の資料は見つからなかった。これは業界内で語られている経験則として紹介するにとどめ、当サイトが一次資料で確認した事実としては書かない。
07

今後追加すべき項目

  1. 全日本コーヒー協会(AJCA)「ペーパードリップ式」(coffee.ajca.or.jp/知る・楽しむ、2026年8月20日取得)— 材料・手順・注湯量・湯温・ブリックス約1.4%、1つ穴式/3つ穴式
  2. SCAA(Specialty Coffee Association of America)「Guidelines for Brewing with a Two Cup Pour-Over Brewer」— 04節の比較表。当サイトの抽出ページ 09章で確認したもの
  3. SCA「SCA Standard 310-2021」— 標準抽出比率55g/kg。同抽出ページ 02章
  4. 全日本コーヒー公正取引協議会「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約 及び 同施行規則」(平成30年5月21日認定)— 施行規則 別表1(挽き方の5区分)
  5. SCA「Coffee Decoded: What is "freshly roasted" coffee?」— 蒸らしでふくらむ理由(炭酸ガス)。当サイトの保存のページで確認したもの
  6. Schmieder, B.K.L. ほか「Influence of Flow Rate, Particle Size, and Temperature on Espresso Extraction Kinetics」Foods 12(15):2871(2023年、DOI: 10.3390/foods12152871)——オープンアクセス(CC BY 4.0)。当サイトの抽出ページ 07章で確認したもの
  7. Frank, O., Zehentbauer, G., Hofmann, T.「Bioresponse-guided decomposition of roast coffee beverage and identification of key bitter taste compounds」European Food Research and Technology 222(5-6): 492-508(2006年、DOI: 10.1007/s00217-005-0143-6)——本セッションでは要旨のみ確認、本文(有料)未確認
  8. Moroney, K.M. ほか「Analysing extraction uniformity from porous coffee beds using mathematical modelling and computational fluid dynamics approaches」PLOS ONE 14(7): e0219906(2019年、DOI: 10.1371/journal.pone.0219906)——オープンアクセス(CC BY)。当サイトの抽出ページ 07章で確認したもの