HACHIMARU COFFEE ROASTERY
抽出(ブリューイング) / Brewing / Extraction

抽出(ブリューイング)

粉砕した生豆から成分を湯に溶け出させ、一杯のコーヒーにする最後の工程。SCA(Specialty Coffee Association)が家庭用電動コーヒーブリューワーの認証のために定める公式規格「SCA Standard 310-2021」を一次資料として、抽出濃度(TDS)・抽出率・標準抽出比率・湯温・水質・抽出ムラの評価方法を解説する。後半では、UC Davis Coffee Centerの学術研究に基づく「粉からどれだけ成分が溶け出すのか」という科学的根拠、SCAA公式のハンドドリップ(プアオーバー)手順、品質評価のためのカッピングの抽出方式も扱う。

器具別のページ

当サイトの抽出カテゴリ

このページはSCAの規格と学術研究にもとづく抽出そのものの考え方を扱っている。実際の淹れ方は、器具ごとに別のページにある。

01

TDS(抽出濃度)と抽出率(Brew Yield)の違い

SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04. Terms and Definitions

抽出の善し悪しを数値で語るとき、コーヒー業界では2つの異なる指標が使われる。規格文書は次のように定義している。

Brew strength(抽出濃度/TDS):できあがった抽出液に含まれる溶存固形分(Total Dissolved Solids)の量。パーセントまたはppmで表され、通常コーヒー用の屈折計(refractometer)で測定する。

Brew yield(抽出率/percent extraction):使用した粉(フレッシュな挽き豆)の重量のうち、何パーセントが湯に溶け出して抽出液に移ったかを示す割合。

同じ「濃さ」に感じるコーヒーでも、豆の量に対して湯量が多ければTDSは下がる一方、抽出率自体は変わらない場合がある——TDSは「一杯あたりの濃さ」、抽出率は「豆からどれだけ成分を引き出せたか」という、別の軸を測る指標だという点が規格文書からも読み取れる。この2軸を縦横にプロットしたグラフが、規格文書内で「Coffee Brewing Control Chart」として言及されている(そのグラフ自体の詳細は02節末尾の注記を参照)。

02

標準抽出比率:湯1.000kgに対しコーヒー55g

SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 6.7 / 7.1.5
Primary source figure
Standard brew ratio:55 g / 1.000 kg water
規格文書は「Brew ratio」を「新鮮な水1.000kgに対するコーヒーのグラム数(g/kg)」と定義し、この規格でのテスト全般に用いる「Standard brew ratio」を55g/kgと明記している。家庭用電動ブリューワーの取扱説明書には、この55g/kg比率(またはそれと同等の他単位表記)を必ず明記することが認証要件(6.7項)として定められている。
「ゴールデンカップ基準」のTDS/抽出率の数値について、当ページでの扱い方。 コーヒー業界では「TDS 1.15〜1.35%・抽出率18〜22%が理想」という数値が「SCAゴールデンカップ基準」としてブログ等で広く紹介されている。これは歴史的にMITのE. E. Lockhartらによる1950〜60年代のCoffee Brewing Center研究に由来し、SCAA(現SCA)が長年チャート化・普及させてきた数値だが、その組み合わせ図表(Brewing Control Chart)自体はSCA公式ストア(store.sca.coffee)で販売されるプロダクトであり、本ページ執筆時点で無料公開された現行のSCA一次テキストからは、この具体的な数値範囲(1.15〜1.35%/18〜22%)そのものを直接確認できなかった。一方、実際に読了できた現行の公式規格(SCA Standard 310-2021)が定める認証基準の数値は次節の通り、これとは別の範囲になっている。数値の異同を隠さず、両方を区別して開示する。
03

SCA Standard 310-2021の認証基準:目標抽出パラメータ

SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 06. Specifications

この規格は「家庭用の電動コーヒーブリューワー」が満たすべき仕様を定めたもので、規格文書は対象機器がクリアすべき数値として次の表の基準を明記している。

項目SCA Standard 310-2021の基準
標準抽出比率(Standard brew ratio)55 g / 1.000 kg water
目標抽出パラメータ(Target extraction parameters)標準比率でBrew strength 1.15〜1.55%
抽出時の湯温(Brewing temperature)90〜96℃(湯量の33%到達時点で到達、以降サイクル終了まで維持)
使用する湯の温度(フレッシュウォーター)17±3℃
抽出ムラの評価(Uniformity of extraction rating)60以上(合格ライン)
保温機能付きの場合の保温温度80〜85℃を最初の30分間維持
対象範囲の限定に注意。 この規格が対象とするのは「家庭用・常圧の電動フィルターブリューワー」のみ。規格文書自身が明記する適用除外は、手動のプアオーバー器具、フレンチプレスのような非フィルター式器具、家庭用エスプレッソマシン、加圧式抽出器具、ポッド/カプセル式ブリューワー——つまりハンドドリップやエスプレッソそのものの抽出基準を定めた規格ではなく、あくまで電動ドリップマシンという「機器」の認証テスト基準である点は明確に区別して理解する必要がある。
04

水質基準

SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 7.1.4

規格文書はテスト用の水について「現行のSCA水質規格(SCA Water standard)に準拠すること」としたうえで、その内容を次のように要約している。

開示:この数値の一次資料は「SCA Water standard」という別文書からの引用として登場する。 本ページで直接読了・確認したのはSCA Standard 310-2021の本文であり、これが参照している「現行のSCA水質規格」そのものの独立した原文(正式な規格番号・発行年)は本セッションでは特定・直接確認できていない。数値自体は310-2021の本文に明記されている通りだが、引用元文書そのものの一次確認は今後の課題として残す。
05

抽出ムラ(Uniformity of Extraction)の測定方法

SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 7.6

同じ抽出液でも、フィルター内の場所(外側・中央・内側)によって成分の残り方に差が出ることがある。規格文書はこれを「Uniformity of extraction(抽出の均一性)」として数値化する具体的な手順を定めている。

手順の概要。 抽出後の粉(使用済みのコーヒーかす)を103±2℃で2時間乾燥させ、フィルター内の外側(A)・中央(B)・内側(C)の3か所からそれぞれ8gずつ採取。蒸留水92gと混ぜて12時間置き、残留TDS(まだ粉に残っていた溶存固形分)を測定する。3か所の残留TDSの比(B/C、B/A、A/Cの3組)を100倍して平均した値が「Uniformity of extraction rating」となる。
評価レーティング判定
90超Outstanding(卓越)
75超Excellent(優秀)
60〜75Good(良好・認証の合格ライン)
60未満Needs improvement(規格非適合)

数値が100に近いほど「フィルターのどこから粉を採っても、残っている未抽出成分の量が均一」——つまり抽出ムラが少ないということになる。100未満のどこかは必ず不均一さが残る、という前提の指標である。

06

粉から溶け出す成分の量:抽出の科学的根拠

SOURCE: Liang, Chan & Ristenpart, Scientific Reports(2021年)

「抽出率」という指標の背景には、そもそも焙煎豆のうちどれだけの割合が湯に溶け出す性質を持つのか、という物理的な上限がある。UC Davis Coffee Center(化学工学・食品科学)のLiang・Chan・Ristenpartらが2021年にScientific Reports誌に発表した論文「An equilibrium desorption model for the strength and extraction yield of full immersion brewed coffee」は、フレンチプレスのような「浸漬式(full immersion)」抽出を対象に、この上限と、実際に湯へ移動する量を定量的に測定している。

0%
平衡抽出率
20.70±1.08%
理論上限
約30%
30%

論文は「焙煎豆の質量のうち水溶性なのはおよそ3割(Emax≈0.3)で、残り約7割はセルロース等の不溶性成分」だと報告している。豆を湯に浸けたまま20〜45分ほど置いて平衡状態(それ以上溶け出さなくなる状態)に達すると、実際に溶け出す量(抽出率)はブリューレシオ(Rbrew)が3以上の条件で平均20.70±1.08%に収束したという。

理論上の溶解上限
焙煎豆の質量の約30%(Emax≈0.3)
浸漬式・平衡状態での抽出率
20.70±1.08%(ブリューレシオ3以上の平均)
平衡に達するまでの時間
条件により約20〜45分
TDSとブリューレシオの関係
TDSはブリューレシオに反比例する一方、抽出率(%)自体はブリューレシオにほぼ依存しない
実際の抽出時間との違いに注意。 この「20.70%」は浸けたまま20〜45分待って初めて到達する平衡値であり、07章で紹介するハンドドリップ(2分30秒〜3分)のように短時間で終える抽出では、通常この平衡値には到達しない。業界で広く言われる「抽出率18〜22%が目安」という数値(02章参照、当サイトでは一次資料未確認)は、この論文の平衡値20.70%とおおむね近い範囲にあり、独立した学術研究からもこの水準が一定の妥当性を持つことがうかがえる——ただし平衡抽出率と実務上の目安を安易に同一視しないよう、区別して記載する。

この論文にはもう一点、意外な発見が記録されている。浸漬式の実験条件では、挽き目(粒度)を大きく変えても最終的なTDSに大きな差が出なかった(「TDSは幅広い粒度の範囲で1.36±0.09%」)という。ただしこれは「浸けたまま平衡に達するまで待つ」浸漬式特有の結果であり、湯が粉の層を通過して短時間で終わるパーコレーション式(ハンドドリップ等)にそのまま当てはまるとは限らない——この点は論文の対象外であり、当サイトでも今後の課題として扱う(10章参照)。

07

パーコレーション式(通過式)の抽出速度:前半と後半で何が違うか

SOURCE: Schmieder, Pannusch, Vannieuwenhuyse, Briesen & Minceva, Foods(2023年)

06章の研究は浸漬式(フレンチプレス)を対象にしていた。一方、湯が粉の層を通過して短時間で終わるパーコレーション式(透過式)——ハンドドリップやエスプレッソ——では、抽出の「速さ」そのものを時間分解で扱った研究は少ない。ミュンヘン工科大学(TUM)のSchmiederらが2023年にFoods誌に発表した論文は、エスプレッソ抽出(圧力式のパーコレーション)を対象に、抽出液を時間経過にそって10個の画分(フラクション)で採取し、それぞれに含まれるトリゴネリン・カフェイン・5-カフェオイルキナ酸(5-CQA、クロロゲン酸の一種)・TDS(溶存固形分)の濃度を個別に測定した。

Primary source quote
The extract concentration of all compounds was highest at the beginning of the brewing process ... and decreased exponentially the more EC was extracted. The fastest decrease was observed for trigonelline and Total Dissolved Solids (TDS), followed by 5-caffeoylquinic acid (5-CQA) and caffeine.
Schmieder et al.(2023)Section 3.1より(ECは論文中でのエスプレッソ=Espresso Coffeeの略)。日本語訳:「すべての成分の抽出液濃度は、抽出開始直後(最初の画分)でもっとも高く、抽出が進むにつれて指数関数的に減少した。もっとも速く減少したのはトリゴネリンとTDSで、次いで5-CQA、カフェインの順だった」
⭐ 「後半になると成分が急に変わる」のではなく、「下がる速さが成分ごとに違う」。 この論文が実測データで示しているのは、パーコレーション式の抽出液が時間とともに一貫して薄くなり続けることと、その薄くなる速さが成分によって異なることの2点である。論文は、この違いが各成分の極性(polarity)と相関すると先行研究を引用して説明している。つまり抽出の前半と後半では、単に「濃さ」が変わるだけでなく、湯の中身の相対的な構成比そのものが変化していく——という点が、この論文の実測データからいえることである。
開示:この研究の対象はエスプレッソであり、ハンドドリップそのものではない。 エスプレッソは加圧式・約30秒で完了するのに対し、ハンドドリップは重力式・2分30秒〜3分かけて抽出する(→09章)。抽出時間もメカニズムの一部(圧力の有無)も異なる。ただしどちらも「粉の層に湯を通過させて成分を取り出す」パーコレーション(透過式)という抽出形式は共通しており、論文自体も「固定された粉層からの固液抽出(solid–liquid extraction from a packed bed)」という枠組みで議論を展開している。ハンドドリップに特化した、同種の時間分解データは、本セッションでは見つけられなかった。

なお同論文は、水の流量(flow rate)が遅いほど——つまり湯と粉の接触時間が長いほど——抽出初期の濃度がさらに高くなる一方、抽出が進むにつれてその差が縮まっていくことも報告している。「ゆっくり注ぐと濃く出る」という経験則と整合する実測データである。

なぜ濃度がこのように減衰していくのか——その物理的な理由を扱った論文もある。アイルランド・リムリック大学のMoroneyらは2015〜2019年にかけて一連の論文で、粉の層を通過する抽出をモデル化している。2016年にJournal of Mathematics in Industry誌に発表した論文(オープンアクセス)は、1粒の粉からの抽出を2つの過程に分けて説明する:①粉砕で壊れた表面・微粉からの速い溶出と、②壊れていない内部の細胞からの、拡散律速の遅い溶出。この「速い過程→遅い過程」という2段階構造が、Schmieder論文の指数関数的な減衰カーブの背景にある物理的なメカニズムだと説明されている。

Primary source quote
Simplified, these have been grouped into acidic, sweet and bitter compounds, that dissolve at different rates throughout the extraction of an espresso. This means that the first part of the espresso is dominated by acidic/sour flavours, sweetness in the middle and bitterness towards the end. [...] Extraction yields under 18% (under-extracted) lack flavour and the coffee can taste too acidic. For extraction yields above 22% (over-extracted) the coffee can taste too bitter.
Moroney, O’Connell, Meikle-Janney, O’Brien, Walker & Lee「Analysing extraction uniformity from porous coffee beds…」PLOS ONE(2019年、オープンアクセス)Introductionより。日本語訳:「単純化すると、これらの成分は酸味・甘味・苦味の3グループに分けられ、エスプレッソの抽出が進む中でそれぞれ異なる速さで溶け出す。つまりエスプレッソの前半は酸味系の風味が中心で、中盤に甘さが、終盤に苦味が出てくる。(中略)抽出率が18%未満(未抽出)だと風味に乏しく、酸味が強すぎると感じられることがある。抽出率が22%を超える(過抽出)と、苦味が強すぎると感じられることがある」
開示:「前半は酸味・中盤は甘さ・終盤は苦味」という一文には、論文内で個別の引用番号が付いていない。 同じ段落内で「18〜22%」という抽出率の目安にはLockhart(1957年、Coffee Brewing Institute)とSCAE(Speciality Coffee Association of Europe)のGold Cup研究(2013年)という2つの出典が明記されている一方、「酸味→甘さ→苦味」という順序そのものは、著者らが業界の共通認識を要約した記述として書かれており、特定の実験データへの参照は付いていない。当サイトはこれを「査読誌に掲載された論文が、業界の共通認識として述べている」文として紹介し、この論文自身が酸味・苦味成分の濃度を時間分解で測定したわけではないという点は区別して開示する。なお「18〜22%」という数値自体は、当サイト02章で開示した「ゴールデンカップ基準」と同じ系譜の数値で、当サイトはSCAの現行一次テキストからこの数値そのものを確認できていない——ただし今回、査読誌の論文がLockhart(1957)とSCAE Gold Cup研究を出典として明記したうえでこの数値を採用していることは確認できた。
過抽出は「時間」だけでなく「総湯量(ブリューレシオ)」でも起きる——同論文の実験がその実例。 Moroney(2019)の実験は、本来ハンドドリップ向きの湯量・レシオをエスプレッソ用の粉層(浅く短い層)に通したところ、「少なくとも細挽きでは、最終的な抽出液は明らかに過抽出(highly overextracted)だった」と報告している。論文はこの結果を、「その粉の量・層の厚みに対して、湯の量(レシオ)が合っていなかった」ためだと説明している。つまり過抽出は、抽出時間を延ばすことだけでなく、粉の量に対して通す湯の総量が多すぎることでも起こる——この点は、後述する「出来高狙い」と「レシオ固定」のレシピの違いを考えるうえでの手がかりになる(→ペーパードリップのページ 06章)。
08

お湯の温度は、抽出にどう効くか

SOURCE: Batali, Ristenpart & Guinard, Scientific Reports(2020年)/Farah & Donangelo(2006年)

03章のSCA Standard 310-2021は、電動ブリューワーの認証基準として湯温90〜96℃を定めていた。では、その範囲の中で湯温を変えると、実際に何が変わるのか——UC Davis Coffee CenterのBatali・Ristenpart・Guinardが2020年に発表した実験は、この問いに直接答える数少ない研究である。

Primary source quote
Multivariate analysis of variance showed significant differences (α = 0.05) for our dependent variables (the sensory attributes) based on TDS, PE, and TDS × PE interaction ... there was no significance shown based on temperature or temperature interactions at any level less than 4-way interactions.
Batali, M.E., Ristenpart, W.D., Guinard, J-X.(2020)Resultsより。日本語訳:「多変量分散分析の結果、官能属性はTDS・抽出率・TDS×抽出率の交互作用については有意差を示した……一方、温度単独または温度を含む交互作用については、4次の交互作用未満のいずれの水準でも有意性は見られなかった」

実験は87℃・90℃・93℃という3つの湯温で、挽き目や流量を調整してTDS・抽出率をそろえたうえで淹れ比べ、専門パネルが31の官能項目で評価した。結果、31項目中30項目で、湯温による統計的な有意差が見られなかった。唯一「Nutty(ナッティ)」だけ有意差が出たが、100点満点中の差はわずか1点で、論文自身が「Type Iエラー(偶然の誤検出)の可能性があり、追試が必要」と述べている

⭐ 「温度は関係ない」という意味ではない。 この結果が示したのは「TDS・抽出率という着地点さえそろえれば」という条件付きの結論である。温度そのものは抽出の速さに影響する——高い温度ほど抽出は速く進む。だから通常、湯温を下げれば、同じ抽出率に到達するために、より細かい挽き目やより長い時間が必要になる。論文が言っているのは「温度を適当にしてよい」ではなく、「挽き目・時間・流量で着地点を揃えれば、87℃と93℃の差は吸収できる」ということである。

湯温が抽出そのものに与える影響については、当サイト焙煎の化学ページで扱ったFarah & Donangelo(2006)も参考になる。同論文は、クロロゲン酸は100℃未満の範囲では、湯温が高いほど多く抽出されると報告している。「高温にすればするほど良く抽出できる」という単純な話ではなく、温度・挽き目・時間の組み合わせで、狙った抽出率に着地させるという考え方の方が、2つの研究をあわせて見ると実態に近い。

⚠️ 「深煎りは低温で淹れるべき」——よく言われるが、直接検証した論文は見つかっていない。 深煎りの豆は多孔質になり湯となじみやすいこと(→焙煎のCO2放出ページ)、苦味成分の構成が浅煎りと異なること(→焙煎の苦味ページ)から、「深煎りは過抽出になりやすいので湯温を下げるべき」という考え方が現場で広く語られている。この推論の材料になる周辺事実(多孔質化・苦味成分の違い)はそれぞれ別の一次資料で裏付けがあるが、「焙煎度と最適な湯温の関係」そのものを直接測定・検証した査読論文は、本セッションのリサーチでも見つからなかった。業界でよく聞く話ではあるが、当サイトが確認できた事実ではない、という区別をそのまま示す。
09

ハンドドリップ(プアオーバー)の抽出手順

SOURCE: SCAA「Guidelines for Brewing with a Two Cup Pour-Over Brewer」(2016年)

SCA Standard 310-2021は電動ブリューワーが対象で、手動のプアオーバー(ハンドドリップ)は適用除外(03章参照)。ただし、SCAA(現SCAの前身団体の一つ)の技術標準委員会(Technical Standards Committee)が2016年に発行した「二つ穴式プアオーバーブリューワーでの抽出ガイドライン」という文書があり、家庭用の二連ドリッパーを対象に、具体的な手順を数値付きで示している。

コーヒー粉
22g(中細挽き)
湯量・湯温
400g(ml)、200°F/93.5℃(別途、器具の予熱用の湯も同温度で用意)
フィルター
#2サイズ
抽出時間
2分30秒〜3分
  1. 器具を清潔な状態にする
  2. ドリッパーにフィルターをセットし、熱湯を通して予熱する。この湯は捨てる
  3. ドリッパーをカップに乗せ、全体をスケールに乗せる。コーヒー粉を投入し、スケールをゼロにする
  4. タイマーを開始し、50gの湯を注いで粉全体をしっかり湿らせる
  5. 30秒間蒸らす(ブルーム)
  6. 残り350gの湯を、2分30秒〜3分かけてゆっくり注ぐ。抽出中はドリッパー内の湯位を半分程度に保つ
  7. すべての湯を注ぎ終え、ドリップの落ちる速度が十分遅くなったら、フィルターを外して廃棄する
比率の一致に注目。 このガイドラインの比率(22g:400g)は、湯1kgあたりに換算するとちょうど55g/kg——02章で紹介したSCA Standard 310-2021の「標準抽出比率」とまったく同じ数値になる。発行年も策定団体(SCAA→SCA)も異なる2つの文書で、この比率が一貫している点は興味深い。
10

カッピングの抽出方式

SOURCE: SCA Standard 102-2024/Liang, Chan & Ristenpart(2021年)

当サイトCOEページで扱ったカッピングフォーム(Fragrance/Aroma・Flavor等の評価項目)は「何を評価するか」だが、ここでは「どう淹れて評価するか」という抽出の物理的な手順を扱う。SCAは2024年11月、2004年版のカッピングプロトコルに代わる新標準「SCA Standard 102-2024:Coffee Value Assessment - Sample Preparation and Tasting Mechanics」を採用した。

コーヒー粉:湯の比率
8.25g(±0.25g):150ml
挽き目
エスプレッソより粗く、ドリップ用に近い粗さ。カッピング直前に挽く
湯温
93℃±1℃(200°F±2°F)
カップ(碗)
耐熱ガラスまたは磁器製、容量207〜266ml

上記の数値はSCA-102-2024を報じる複数の業界資料で一致して紹介されているものだが、本セッションでは規格文書そのもの(PDF)へ直接アクセスできず、規格本文の一次確認はできていない(11章参照)。手順の骨格(粉に湯を直接注いで4分間浸漬→クラスト=表面に浮いた粉の層をスプーンで3回崩しながら香りを確認→2本のスプーンで泡・粉を丁寧に取り除く→冷めていく過程で複数回すすって温度ごとに評価)は、2004年版から広く継続している業界内の共通認識として、数値とあわせて紹介する。

06章の研究との接点。 06章で紹介したLiang・Chan・Ristenpart(2021)の論文は、浸漬式抽出の一例として伝統的なカッピングの淹れ方も測定しており、カフェイン入りのコーヒーで抽出率23.9±0.6%という結果を報告している。これは06章の浸漬式・平衡状態の平均値(20.70±1.08%)よりやや高い——理由について論文が詳しく踏み込んでいる箇所は今回確認できなかったため、数値の違いをそのまま紹介するにとどめる。
11

今後追加すべき項目

  1. SCA(Specialty Coffee Association)「SCA Standard 310-2021: Home Coffee Brewers, Specifications and Test Methods」(© 2022, Specialty Coffee Association)全文
  2. Liang, J., Chan, K.C., Ristenpart, W.D.「An equilibrium desorption model for the strength and extraction yield of full immersion brewed coffee」Scientific Reports 11(2021年3月25日、DOI: 10.1038/s41598-021-85787-1)——UC Davis Coffee Center、PMC(PubMed Central)オープンアクセス版で本文確認
  3. SCAA(Specialty Coffee Association of America)Technical Standards Committee「Guidelines for Brewing with a Two Cup Pour-Over Brewer」(2016年4月2日改訂版、scagermany.coffee経由で取得、pypdfでテキスト抽出し本文確認)
  4. SCA「SCA Standard 102-2024: Coffee Value Assessment - Sample Preparation and Tasting Mechanics」(2024年11月採用)——本文は業界メディア・二次情報経由での確認にとどまる(08章参照)
  5. Guinard, J-X. ほか「A new Coffee Brewing Control Chart relating sensory properties and consumer liking to brew strength, extraction yield, and brew ratio」Journal of Food Science(2023年)——存在のみ確認、本文未確認(10章参照)
  6. Schmieder, B.K.L., Pannusch, V.B., Vannieuwenhuyse, L., Briesen, H., Minceva, M.「Influence of Flow Rate, Particle Size, and Temperature on Espresso Extraction Kinetics」Foods 12(15):2871(2023年7月28日、DOI: 10.3390/foods12152871)——オープンアクセス(CC BY 4.0)、PMC(PMC10418593)で本文確認
  7. Moroney, K.M., O’Connell, K., Meikle-Janney, P., O’Brien, S.B.G., Walker, G.M., Lee, W.T.「Analysing extraction uniformity from porous coffee beds using mathematical modelling and computational fluid dynamics approaches」PLOS ONE 14(7): e0219906(2019年7月31日、DOI: 10.1371/journal.pone.0219906)——オープンアクセス(CC BY)、本文確認
  8. Moroney, K.M., Lee, W.T., O’Brien, S.B.G., Suijver, F., Marra, J.「Coffee extraction kinetics in a well mixed system」Journal of Mathematics in Industry 7, 3(2016年6月30日、DOI: 10.1186/s13362-016-0024-6)——オープンアクセス、本文確認。2015年のChemical Engineering Science本論文(DOI: 10.1016/j.ces.2015.06.003)は本セッションでもアクセスできず、この続報経由でモデルの骨格を確認した
  9. Batali, M.E., Ristenpart, W.D., Guinard, J-X.「Brew temperature, at fixed brew strength and extraction, has little impact on the sensory profile of drip brew coffee」Scientific Reports 10:16450(2020年10月5日、DOI: 10.1038/s41598-020-73341-4、PMC7536440)——オープンアクセス、本文確認。Author Correction(PMC7835346)は抽出用の水の調合レシピの誤植のみで、この結果とは無関係
  10. Farah, A., Donangelo, C.M.「Phenolic compounds in coffee」Brazilian Journal of Plant Physiology 18(1):23-36(2006年、DOI: 10.1590/S1677-04202006000100003)——オープンアクセス、本文確認。当サイト焙煎の化学ページで確認したもの