抽出(ブリューイング)
粉砕した生豆から成分を湯に溶け出させ、一杯のコーヒーにする最後の工程。SCA(Specialty Coffee Association)が家庭用電動コーヒーブリューワーの認証のために定める公式規格「SCA Standard 310-2021」を一次資料として、抽出濃度(TDS)・抽出率・標準抽出比率・湯温・水質・抽出ムラの評価方法を解説する。後半では、UC Davis Coffee Centerの学術研究に基づく「粉からどれだけ成分が溶け出すのか」という科学的根拠、SCAA公式のハンドドリップ(プアオーバー)手順、品質評価のためのカッピングの抽出方式も扱う。
器具別のページ
当サイトの抽出カテゴリこのページはSCAの規格と学術研究にもとづく抽出そのものの考え方を扱っている。実際の淹れ方は、器具ごとに別のページにある。
TDS(抽出濃度)と抽出率(Brew Yield)の違い
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04. Terms and Definitions抽出の善し悪しを数値で語るとき、コーヒー業界では2つの異なる指標が使われる。規格文書は次のように定義している。
Brew yield(抽出率/percent extraction):使用した粉(フレッシュな挽き豆)の重量のうち、何パーセントが湯に溶け出して抽出液に移ったかを示す割合。
同じ「濃さ」に感じるコーヒーでも、豆の量に対して湯量が多ければTDSは下がる一方、抽出率自体は変わらない場合がある——TDSは「一杯あたりの濃さ」、抽出率は「豆からどれだけ成分を引き出せたか」という、別の軸を測る指標だという点が規格文書からも読み取れる。この2軸を縦横にプロットしたグラフが、規格文書内で「Coffee Brewing Control Chart」として言及されている(そのグラフ自体の詳細は02節末尾の注記を参照)。
標準抽出比率:湯1.000kgに対しコーヒー55g
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 6.7 / 7.1.5SCA Standard 310-2021の認証基準:目標抽出パラメータ
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 06. Specificationsこの規格は「家庭用の電動コーヒーブリューワー」が満たすべき仕様を定めたもので、規格文書は対象機器がクリアすべき数値として次の表の基準を明記している。
| 項目 | SCA Standard 310-2021の基準 |
|---|---|
| 標準抽出比率(Standard brew ratio) | 55 g / 1.000 kg water |
| 目標抽出パラメータ(Target extraction parameters) | 標準比率でBrew strength 1.15〜1.55% |
| 抽出時の湯温(Brewing temperature) | 90〜96℃(湯量の33%到達時点で到達、以降サイクル終了まで維持) |
| 使用する湯の温度(フレッシュウォーター) | 17±3℃ |
| 抽出ムラの評価(Uniformity of extraction rating) | 60以上(合格ライン) |
| 保温機能付きの場合の保温温度 | 80〜85℃を最初の30分間維持 |
水質基準
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 7.1.4規格文書はテスト用の水について「現行のSCA水質規格(SCA Water standard)に準拠すること」としたうえで、その内容を次のように要約している。
- 無臭であること
- 塩素を含まないこと
- カルシウム硬度:CaCO₃換算で50〜175ppm
- アルカリ度:CaCO₃換算で40〜70ppm
- pH:6〜8
抽出ムラ(Uniformity of Extraction)の測定方法
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 7.6同じ抽出液でも、フィルター内の場所(外側・中央・内側)によって成分の残り方に差が出ることがある。規格文書はこれを「Uniformity of extraction(抽出の均一性)」として数値化する具体的な手順を定めている。
| 評価レーティング | 判定 |
|---|---|
| 90超 | Outstanding(卓越) |
| 75超 | Excellent(優秀) |
| 60〜75 | Good(良好・認証の合格ライン) |
| 60未満 | Needs improvement(規格非適合) |
数値が100に近いほど「フィルターのどこから粉を採っても、残っている未抽出成分の量が均一」——つまり抽出ムラが少ないということになる。100未満のどこかは必ず不均一さが残る、という前提の指標である。
粉から溶け出す成分の量:抽出の科学的根拠
SOURCE: Liang, Chan & Ristenpart, Scientific Reports(2021年)「抽出率」という指標の背景には、そもそも焙煎豆のうちどれだけの割合が湯に溶け出す性質を持つのか、という物理的な上限がある。UC Davis Coffee Center(化学工学・食品科学)のLiang・Chan・Ristenpartらが2021年にScientific Reports誌に発表した論文「An equilibrium desorption model for the strength and extraction yield of full immersion brewed coffee」は、フレンチプレスのような「浸漬式(full immersion)」抽出を対象に、この上限と、実際に湯へ移動する量を定量的に測定している。
20.70±1.08%
約30%
論文は「焙煎豆の質量のうち水溶性なのはおよそ3割(Emax≈0.3)で、残り約7割はセルロース等の不溶性成分」だと報告している。豆を湯に浸けたまま20〜45分ほど置いて平衡状態(それ以上溶け出さなくなる状態)に達すると、実際に溶け出す量(抽出率)はブリューレシオ(Rbrew)が3以上の条件で平均20.70±1.08%に収束したという。
- 理論上の溶解上限
- 焙煎豆の質量の約30%(Emax≈0.3)
- 浸漬式・平衡状態での抽出率
- 20.70±1.08%(ブリューレシオ3以上の平均)
- 平衡に達するまでの時間
- 条件により約20〜45分
- TDSとブリューレシオの関係
- TDSはブリューレシオに反比例する一方、抽出率(%)自体はブリューレシオにほぼ依存しない
この論文にはもう一点、意外な発見が記録されている。浸漬式の実験条件では、挽き目(粒度)を大きく変えても最終的なTDSに大きな差が出なかった(「TDSは幅広い粒度の範囲で1.36±0.09%」)という。ただしこれは「浸けたまま平衡に達するまで待つ」浸漬式特有の結果であり、湯が粉の層を通過して短時間で終わるパーコレーション式(ハンドドリップ等)にそのまま当てはまるとは限らない——この点は論文の対象外であり、当サイトでも今後の課題として扱う(10章参照)。
パーコレーション式(通過式)の抽出速度:前半と後半で何が違うか
SOURCE: Schmieder, Pannusch, Vannieuwenhuyse, Briesen & Minceva, Foods(2023年)06章の研究は浸漬式(フレンチプレス)を対象にしていた。一方、湯が粉の層を通過して短時間で終わるパーコレーション式(透過式)——ハンドドリップやエスプレッソ——では、抽出の「速さ」そのものを時間分解で扱った研究は少ない。ミュンヘン工科大学(TUM)のSchmiederらが2023年にFoods誌に発表した論文は、エスプレッソ抽出(圧力式のパーコレーション)を対象に、抽出液を時間経過にそって10個の画分(フラクション)で採取し、それぞれに含まれるトリゴネリン・カフェイン・5-カフェオイルキナ酸(5-CQA、クロロゲン酸の一種)・TDS(溶存固形分)の濃度を個別に測定した。
なお同論文は、水の流量(flow rate)が遅いほど——つまり湯と粉の接触時間が長いほど——抽出初期の濃度がさらに高くなる一方、抽出が進むにつれてその差が縮まっていくことも報告している。「ゆっくり注ぐと濃く出る」という経験則と整合する実測データである。
なぜ濃度がこのように減衰していくのか——その物理的な理由を扱った論文もある。アイルランド・リムリック大学のMoroneyらは2015〜2019年にかけて一連の論文で、粉の層を通過する抽出をモデル化している。2016年にJournal of Mathematics in Industry誌に発表した論文(オープンアクセス)は、1粒の粉からの抽出を2つの過程に分けて説明する:①粉砕で壊れた表面・微粉からの速い溶出と、②壊れていない内部の細胞からの、拡散律速の遅い溶出。この「速い過程→遅い過程」という2段階構造が、Schmieder論文の指数関数的な減衰カーブの背景にある物理的なメカニズムだと説明されている。
お湯の温度は、抽出にどう効くか
SOURCE: Batali, Ristenpart & Guinard, Scientific Reports(2020年)/Farah & Donangelo(2006年)03章のSCA Standard 310-2021は、電動ブリューワーの認証基準として湯温90〜96℃を定めていた。では、その範囲の中で湯温を変えると、実際に何が変わるのか——UC Davis Coffee CenterのBatali・Ristenpart・Guinardが2020年に発表した実験は、この問いに直接答える数少ない研究である。
実験は87℃・90℃・93℃という3つの湯温で、挽き目や流量を調整してTDS・抽出率をそろえたうえで淹れ比べ、専門パネルが31の官能項目で評価した。結果、31項目中30項目で、湯温による統計的な有意差が見られなかった。唯一「Nutty(ナッティ)」だけ有意差が出たが、100点満点中の差はわずか1点で、論文自身が「Type Iエラー(偶然の誤検出)の可能性があり、追試が必要」と述べている。
湯温が抽出そのものに与える影響については、当サイト焙煎の化学ページで扱ったFarah & Donangelo(2006)も参考になる。同論文は、クロロゲン酸は100℃未満の範囲では、湯温が高いほど多く抽出されると報告している。「高温にすればするほど良く抽出できる」という単純な話ではなく、温度・挽き目・時間の組み合わせで、狙った抽出率に着地させるという考え方の方が、2つの研究をあわせて見ると実態に近い。
ハンドドリップ(プアオーバー)の抽出手順
SOURCE: SCAA「Guidelines for Brewing with a Two Cup Pour-Over Brewer」(2016年)SCA Standard 310-2021は電動ブリューワーが対象で、手動のプアオーバー(ハンドドリップ)は適用除外(03章参照)。ただし、SCAA(現SCAの前身団体の一つ)の技術標準委員会(Technical Standards Committee)が2016年に発行した「二つ穴式プアオーバーブリューワーでの抽出ガイドライン」という文書があり、家庭用の二連ドリッパーを対象に、具体的な手順を数値付きで示している。
- コーヒー粉
- 22g(中細挽き)
- 湯量・湯温
- 400g(ml)、200°F/93.5℃(別途、器具の予熱用の湯も同温度で用意)
- フィルター
- #2サイズ
- 抽出時間
- 2分30秒〜3分
- 器具を清潔な状態にする
- ドリッパーにフィルターをセットし、熱湯を通して予熱する。この湯は捨てる
- ドリッパーをカップに乗せ、全体をスケールに乗せる。コーヒー粉を投入し、スケールをゼロにする
- タイマーを開始し、50gの湯を注いで粉全体をしっかり湿らせる
- 30秒間蒸らす(ブルーム)
- 残り350gの湯を、2分30秒〜3分かけてゆっくり注ぐ。抽出中はドリッパー内の湯位を半分程度に保つ
- すべての湯を注ぎ終え、ドリップの落ちる速度が十分遅くなったら、フィルターを外して廃棄する
カッピングの抽出方式
SOURCE: SCA Standard 102-2024/Liang, Chan & Ristenpart(2021年)当サイトCOEページで扱ったカッピングフォーム(Fragrance/Aroma・Flavor等の評価項目)は「何を評価するか」だが、ここでは「どう淹れて評価するか」という抽出の物理的な手順を扱う。SCAは2024年11月、2004年版のカッピングプロトコルに代わる新標準「SCA Standard 102-2024:Coffee Value Assessment - Sample Preparation and Tasting Mechanics」を採用した。
- コーヒー粉:湯の比率
- 8.25g(±0.25g):150ml
- 挽き目
- エスプレッソより粗く、ドリップ用に近い粗さ。カッピング直前に挽く
- 湯温
- 93℃±1℃(200°F±2°F)
- カップ(碗)
- 耐熱ガラスまたは磁器製、容量207〜266ml
上記の数値はSCA-102-2024を報じる複数の業界資料で一致して紹介されているものだが、本セッションでは規格文書そのもの(PDF)へ直接アクセスできず、規格本文の一次確認はできていない(11章参照)。手順の骨格(粉に湯を直接注いで4分間浸漬→クラスト=表面に浮いた粉の層をスプーンで3回崩しながら香りを確認→2本のスプーンで泡・粉を丁寧に取り除く→冷めていく過程で複数回すすって温度ごとに評価)は、2004年版から広く継続している業界内の共通認識として、数値とあわせて紹介する。
今後追加すべき項目
- 「ゴールデンカップ基準」TDS 1.15〜1.35%/抽出率18〜22%の一次確認 — 02章で開示した通り、この数値そのものを無料公開された現行のSCA一次テキストから直接確認できていない。UC Davis Coffee Centerが関与した新しい「Brewing Control Chart」(Guinard et al., Journal of Food Science, 2023年)という更新版の存在は今回確認できたが、本文(Wiley誌・UC Davis公式ニュースページとも)は本セッションではアクセスできず、次回以降の課題とする。
- SCA Water standard(水質規格)そのものの一次資料 — 310-2021が参照する形でしか確認できていない。独立した規格番号・発行年での直接確認が必要。
- フレンチプレスの抽出基準 — 09章でプアオーバーの一次資料は確認できたが、フレンチプレス単体の公式抽出ガイドラインは7団体のいずれからも見つかっていない(→フレンチプレスのページで経過を記載)。SCA Standard 315(Café Batch Coffee Brewers)は2026年8月20日時点でも「開発中(Standards in Development)」であり未発行。エスプレッソについては、競技規則(WBC/JBC)の定義をもとにエスプレッソのページを作成した(抽出圧8.5〜9.5bar・湯温90.5〜96.0℃・約30ml)。ただし機械の規格 SCA-350 は会員限定で本文未確認。
- SCA Standard 102-2024の本文そのものの一次確認 — 09章の数値は業界メディア経由の間接確認にとどまる。規格PDF本文(会員限定の可能性)へのアクセスができ次第、一次資料として再確認する。
- ハンドドリップに特化した時間分解の抽出速度データ — 07章で扱ったSchmieder et al.(2023)はエスプレッソが対象。ハンドドリップ(重力式・分単位)で同種の時間分解測定をした研究は今回も見つからなかった。
- 苦味・渋み成分(クロロゲン酸由来のキニド類)が抽出のどの段階で多く出るかを直接示すデータ — ペーパードリップのページで扱った通り、苦味成分の同定研究(Frank et al. 2006)と抽出速度の時間分解データ(Schmieder et al. 2023)は別々の研究で、両者を橋渡しする一次資料はまだ見つかっていない。Moroney et al.(2019)が「前半は酸味・中盤は甘さ・終盤は苦味」と要約しているが、これは同論文内で個別データに紐づく記述ではない(07章参照)——キニド類そのものを時間分解で測定した研究は、依然として見つかっていない。
- Moroney(2015, Chemical Engineering Science/2016年に続報がJournal of Mathematics in Industryにオープンアクセスで掲載)の2015年論文本文 — 07章で紹介した「速い表面溶出→遅い内部拡散」の2段階モデルの元になった実験論文。ScienceDirect側は本セッションでもアクセスできず、2016年の続報(オープンアクセス)経由でモデルの骨格のみ確認した。
- SCA(Specialty Coffee Association)「SCA Standard 310-2021: Home Coffee Brewers, Specifications and Test Methods」(© 2022, Specialty Coffee Association)全文
- Liang, J., Chan, K.C., Ristenpart, W.D.「An equilibrium desorption model for the strength and extraction yield of full immersion brewed coffee」Scientific Reports 11(2021年3月25日、DOI: 10.1038/s41598-021-85787-1)——UC Davis Coffee Center、PMC(PubMed Central)オープンアクセス版で本文確認
- SCAA(Specialty Coffee Association of America)Technical Standards Committee「Guidelines for Brewing with a Two Cup Pour-Over Brewer」(2016年4月2日改訂版、scagermany.coffee経由で取得、pypdfでテキスト抽出し本文確認)
- SCA「SCA Standard 102-2024: Coffee Value Assessment - Sample Preparation and Tasting Mechanics」(2024年11月採用)——本文は業界メディア・二次情報経由での確認にとどまる(08章参照)
- Guinard, J-X. ほか「A new Coffee Brewing Control Chart relating sensory properties and consumer liking to brew strength, extraction yield, and brew ratio」Journal of Food Science(2023年)——存在のみ確認、本文未確認(10章参照)
- Schmieder, B.K.L., Pannusch, V.B., Vannieuwenhuyse, L., Briesen, H., Minceva, M.「Influence of Flow Rate, Particle Size, and Temperature on Espresso Extraction Kinetics」Foods 12(15):2871(2023年7月28日、DOI: 10.3390/foods12152871)——オープンアクセス(CC BY 4.0)、PMC(PMC10418593)で本文確認
- Moroney, K.M., O’Connell, K., Meikle-Janney, P., O’Brien, S.B.G., Walker, G.M., Lee, W.T.「Analysing extraction uniformity from porous coffee beds using mathematical modelling and computational fluid dynamics approaches」PLOS ONE 14(7): e0219906(2019年7月31日、DOI: 10.1371/journal.pone.0219906)——オープンアクセス(CC BY)、本文確認
- Moroney, K.M., Lee, W.T., O’Brien, S.B.G., Suijver, F., Marra, J.「Coffee extraction kinetics in a well mixed system」Journal of Mathematics in Industry 7, 3(2016年6月30日、DOI: 10.1186/s13362-016-0024-6)——オープンアクセス、本文確認。2015年のChemical Engineering Science本論文(DOI: 10.1016/j.ces.2015.06.003)は本セッションでもアクセスできず、この続報経由でモデルの骨格を確認した
- Batali, M.E., Ristenpart, W.D., Guinard, J-X.「Brew temperature, at fixed brew strength and extraction, has little impact on the sensory profile of drip brew coffee」Scientific Reports 10:16450(2020年10月5日、DOI: 10.1038/s41598-020-73341-4、PMC7536440)——オープンアクセス、本文確認。Author Correction(PMC7835346)は抽出用の水の調合レシピの誤植のみで、この結果とは無関係
- Farah, A., Donangelo, C.M.「Phenolic compounds in coffee」Brazilian Journal of Plant Physiology 18(1):23-36(2006年、DOI: 10.1590/S1677-04202006000100003)——オープンアクセス、本文確認。当サイト焙煎の化学ページで確認したもの