粉砕した生豆から成分を湯に溶け出させ、一杯のコーヒーにする最後の工程。SCA(Specialty Coffee Association)が家庭用電動コーヒーブリューワーの認証のために定める公式規格「SCA Standard 310-2021」を一次資料として、抽出濃度(TDS)・抽出率・標準抽出比率・湯温・水質・抽出ムラの評価方法を解説する。後半では、UC Davis Coffee Centerの学術研究に基づく「粉からどれだけ成分が溶け出すのか」という科学的根拠、SCAA公式のハンドドリップ(プアオーバー)手順、品質評価のためのカッピングの抽出方式も扱う。
同じ「濃さ」に感じるコーヒーでも、豆の量に対して湯量が多ければTDSは下がる一方、抽出率自体は変わらない場合がある——TDSは「一杯あたりの濃さ」、抽出率は「豆からどれだけ成分を引き出せたか」という、別の軸を測る指標だという点が規格文書からも読み取れる。この2軸を縦横にプロットしたグラフが、規格文書内で「Coffee Brewing Control Chart」として言及されている(そのグラフ自体の詳細は02節末尾の注記を参照)。
02
標準抽出比率:湯1.000kgに対しコーヒー55g
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 6.7 / 7.1.5
「ゴールデンカップ基準」のTDS/抽出率の数値について、当ページでの扱い方。 コーヒー業界では「TDS 1.15〜1.35%・抽出率18〜22%が理想」という数値が「SCAゴールデンカップ基準」としてブログ等で広く紹介されている。これは歴史的にMITのE. E. Lockhartらによる1950〜60年代のCoffee Brewing Center研究に由来し、SCAA(現SCA)が長年チャート化・普及させてきた数値だが、その組み合わせ図表(Brewing Control Chart)自体はSCA公式ストア(store.sca.coffee)で販売されるプロダクトであり、本ページ執筆時点で無料公開された現行のSCA一次テキストからは、この具体的な数値範囲(1.15〜1.35%/18〜22%)そのものを直接確認できなかった。一方、実際に読了できた現行の公式規格(SCA Standard 310-2021)が定める認証基準の数値は次節の通り、これとは別の範囲になっている。数値の異同を隠さず、両方を区別して開示する。
03
SCA Standard 310-2021の認証基準:目標抽出パラメータ
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 06. Specifications
規格文書はテスト用の水について「現行のSCA水質規格(SCA Water standard)に準拠すること」としたうえで、その内容を次のように要約している。
無臭であること
塩素を含まないこと
カルシウム硬度:CaCO₃換算で50〜175ppm
アルカリ度:CaCO₃換算で40〜70ppm
pH:6〜8
開示:この数値の一次資料は「SCA Water standard」という別文書からの引用として登場する。 本ページで直接読了・確認したのはSCA Standard 310-2021の本文であり、これが参照している「現行のSCA水質規格」そのものの独立した原文(正式な規格番号・発行年)は本セッションでは特定・直接確認できていない。数値自体は310-2021の本文に明記されている通りだが、引用元文書そのものの一次確認は今後の課題として残す。
05
抽出ムラ(Uniformity of Extraction)の測定方法
SOURCE: SCA Standard 310-2021, Section 04 / 7.6
同じ抽出液でも、フィルター内の場所(外側・中央・内側)によって成分の残り方に差が出ることがある。規格文書はこれを「Uniformity of extraction(抽出の均一性)」として数値化する具体的な手順を定めている。
手順の概要。 抽出後の粉(使用済みのコーヒーかす)を103±2℃で2時間乾燥させ、フィルター内の外側(A)・中央(B)・内側(C)の3か所からそれぞれ8gずつ採取。蒸留水92gと混ぜて12時間置き、残留TDS(まだ粉に残っていた溶存固形分)を測定する。3か所の残留TDSの比(B/C、B/A、A/Cの3組)を100倍して平均した値が「Uniformity of extraction rating」となる。
「抽出率」という指標の背景には、そもそも焙煎豆のうちどれだけの割合が湯に溶け出す性質を持つのか、という物理的な上限がある。UC Davis Coffee Center(化学工学・食品科学)のLiang・Chan・Ristenpartらが2021年にScientific Reports誌に発表した論文「An equilibrium desorption model for the strength and extraction yield of full immersion brewed coffee」は、フレンチプレスのような「浸漬式(full immersion)」抽出を対象に、この上限と、実際に湯へ移動する量を定量的に測定している。
The extract concentration of all compounds was highest at the beginning of the brewing process ... and decreased exponentially the more EC was extracted. The fastest decrease was observed for trigonelline and Total Dissolved Solids (TDS), followed by 5-caffeoylquinic acid (5-CQA) and caffeine.
Schmieder et al.(2023)Section 3.1より(ECは論文中でのエスプレッソ=Espresso Coffeeの略)。日本語訳:「すべての成分の抽出液濃度は、抽出開始直後(最初の画分)でもっとも高く、抽出が進むにつれて指数関数的に減少した。もっとも速く減少したのはトリゴネリンとTDSで、次いで5-CQA、カフェインの順だった」
開示:この研究の対象はエスプレッソであり、ハンドドリップそのものではない。 エスプレッソは加圧式・約30秒で完了するのに対し、ハンドドリップは重力式・2分30秒〜3分かけて抽出する(→09章)。抽出時間もメカニズムの一部(圧力の有無)も異なる。ただしどちらも「粉の層に湯を通過させて成分を取り出す」パーコレーション(透過式)という抽出形式は共通しており、論文自体も「固定された粉層からの固液抽出(solid–liquid extraction from a packed bed)」という枠組みで議論を展開している。ハンドドリップに特化した、同種の時間分解データは、本セッションでは見つけられなかった。
なぜ濃度がこのように減衰していくのか——その物理的な理由を扱った論文もある。アイルランド・リムリック大学のMoroneyらは2015〜2019年にかけて一連の論文で、粉の層を通過する抽出をモデル化している。2016年にJournal of Mathematics in Industry誌に発表した論文(オープンアクセス)は、1粒の粉からの抽出を2つの過程に分けて説明する:①粉砕で壊れた表面・微粉からの速い溶出と、②壊れていない内部の細胞からの、拡散律速の遅い溶出。この「速い過程→遅い過程」という2段階構造が、Schmieder論文の指数関数的な減衰カーブの背景にある物理的なメカニズムだと説明されている。
Primary source quote
Simplified, these have been grouped into acidic, sweet and bitter compounds, that dissolve at different rates throughout the extraction of an espresso. This means that the first part of the espresso is dominated by acidic/sour flavours, sweetness in the middle and bitterness towards the end. [...] Extraction yields under 18% (under-extracted) lack flavour and the coffee can taste too acidic. For extraction yields above 22% (over-extracted) the coffee can taste too bitter.
03章のSCA Standard 310-2021は、電動ブリューワーの認証基準として湯温90〜96℃を定めていた。では、その範囲の中で湯温を変えると、実際に何が変わるのか——UC Davis Coffee CenterのBatali・Ristenpart・Guinardが2020年に発表した実験は、この問いに直接答える数少ない研究である。
Primary source quote
Multivariate analysis of variance showed significant differences (α = 0.05) for our dependent variables (the sensory attributes) based on TDS, PE, and TDS × PE interaction ... there was no significance shown based on temperature or temperature interactions at any level less than 4-way interactions.
SOURCE: SCAA「Guidelines for Brewing with a Two Cup Pour-Over Brewer」(2016年)
SCA Standard 310-2021は電動ブリューワーが対象で、手動のプアオーバー(ハンドドリップ)は適用除外(03章参照)。ただし、SCAA(現SCAの前身団体の一つ)の技術標準委員会(Technical Standards Committee)が2016年に発行した「二つ穴式プアオーバーブリューワーでの抽出ガイドライン」という文書があり、家庭用の二連ドリッパーを対象に、具体的な手順を数値付きで示している。
コーヒー粉
22g(中細挽き)
湯量・湯温
400g(ml)、200°F/93.5℃(別途、器具の予熱用の湯も同温度で用意)
フィルター
#2サイズ
抽出時間
2分30秒〜3分
器具を清潔な状態にする
ドリッパーにフィルターをセットし、熱湯を通して予熱する。この湯は捨てる
ドリッパーをカップに乗せ、全体をスケールに乗せる。コーヒー粉を投入し、スケールをゼロにする
タイマーを開始し、50gの湯を注いで粉全体をしっかり湿らせる
30秒間蒸らす(ブルーム)
残り350gの湯を、2分30秒〜3分かけてゆっくり注ぐ。抽出中はドリッパー内の湯位を半分程度に保つ
すべての湯を注ぎ終え、ドリップの落ちる速度が十分遅くなったら、フィルターを外して廃棄する
比率の一致に注目。 このガイドラインの比率(22g:400g)は、湯1kgあたりに換算するとちょうど55g/kg——02章で紹介したSCA Standard 310-2021の「標準抽出比率」とまったく同じ数値になる。発行年も策定団体(SCAA→SCA)も異なる2つの文書で、この比率が一貫している点は興味深い。
10
カッピングの抽出方式
SOURCE: SCA Standard 102-2024/Liang, Chan & Ristenpart(2021年)
当サイトCOEページで扱ったカッピングフォーム(Fragrance/Aroma・Flavor等の評価項目)は「何を評価するか」だが、ここでは「どう淹れて評価するか」という抽出の物理的な手順を扱う。SCAは2024年11月、2004年版のカッピングプロトコルに代わる新標準「SCA Standard 102-2024:Coffee Value Assessment - Sample Preparation and Tasting Mechanics」を採用した。
「ゴールデンカップ基準」TDS 1.15〜1.35%/抽出率18〜22%の一次確認 — 02章で開示した通り、この数値そのものを無料公開された現行のSCA一次テキストから直接確認できていない。UC Davis Coffee Centerが関与した新しい「Brewing Control Chart」(Guinard et al., Journal of Food Science, 2023年)という更新版の存在は今回確認できたが、本文(Wiley誌・UC Davis公式ニュースページとも)は本セッションではアクセスできず、次回以降の課題とする。
SCA Water standard(水質規格)そのものの一次資料 — 310-2021が参照する形でしか確認できていない。独立した規格番号・発行年での直接確認が必要。
フレンチプレスの抽出基準 — 09章でプアオーバーの一次資料は確認できたが、フレンチプレス単体の公式抽出ガイドラインは7団体のいずれからも見つかっていない(→フレンチプレスのページで経過を記載)。SCA Standard 315(Café Batch Coffee Brewers)は2026年8月20日時点でも「開発中(Standards in Development)」であり未発行。エスプレッソについては、競技規則(WBC/JBC)の定義をもとにエスプレッソのページを作成した(抽出圧8.5〜9.5bar・湯温90.5〜96.0℃・約30ml)。ただし機械の規格 SCA-350 は会員限定で本文未確認。
SCA Standard 102-2024の本文そのものの一次確認 — 09章の数値は業界メディア経由の間接確認にとどまる。規格PDF本文(会員限定の可能性)へのアクセスができ次第、一次資料として再確認する。
ハンドドリップに特化した時間分解の抽出速度データ — 07章で扱ったSchmieder et al.(2023)はエスプレッソが対象。ハンドドリップ(重力式・分単位)で同種の時間分解測定をした研究は今回も見つからなかった。
苦味・渋み成分(クロロゲン酸由来のキニド類)が抽出のどの段階で多く出るかを直接示すデータ — ペーパードリップのページで扱った通り、苦味成分の同定研究(Frank et al. 2006)と抽出速度の時間分解データ(Schmieder et al. 2023)は別々の研究で、両者を橋渡しする一次資料はまだ見つかっていない。Moroney et al.(2019)が「前半は酸味・中盤は甘さ・終盤は苦味」と要約しているが、これは同論文内で個別データに紐づく記述ではない(07章参照)——キニド類そのものを時間分解で測定した研究は、依然として見つかっていない。
Moroney(2015, Chemical Engineering Science/2016年に続報がJournal of Mathematics in Industryにオープンアクセスで掲載)の2015年論文本文 — 07章で紹介した「速い表面溶出→遅い内部拡散」の2段階モデルの元になった実験論文。ScienceDirect側は本セッションでもアクセスできず、2016年の続報(オープンアクセス)経由でモデルの骨格のみ確認した。
Liang, J., Chan, K.C., Ristenpart, W.D.「An equilibrium desorption model for the strength and extraction yield of full immersion brewed coffee」Scientific Reports 11(2021年3月25日、DOI: 10.1038/s41598-021-85787-1)——UC Davis Coffee Center、PMC(PubMed Central)オープンアクセス版で本文確認
SCAA(Specialty Coffee Association of America)Technical Standards Committee「Guidelines for Brewing with a Two Cup Pour-Over Brewer」(2016年4月2日改訂版、scagermany.coffee経由で取得、pypdfでテキスト抽出し本文確認)
SCA「SCA Standard 102-2024: Coffee Value Assessment - Sample Preparation and Tasting Mechanics」(2024年11月採用)——本文は業界メディア・二次情報経由での確認にとどまる(08章参照)
Guinard, J-X. ほか「A new Coffee Brewing Control Chart relating sensory properties and consumer liking to brew strength, extraction yield, and brew ratio」Journal of Food Science(2023年)——存在のみ確認、本文未確認(10章参照)
Schmieder, B.K.L., Pannusch, V.B., Vannieuwenhuyse, L., Briesen, H., Minceva, M.「Influence of Flow Rate, Particle Size, and Temperature on Espresso Extraction Kinetics」Foods 12(15):2871(2023年7月28日、DOI: 10.3390/foods12152871)——オープンアクセス(CC BY 4.0)、PMC(PMC10418593)で本文確認
Moroney, K.M., O’Connell, K., Meikle-Janney, P., O’Brien, S.B.G., Walker, G.M., Lee, W.T.「Analysing extraction uniformity from porous coffee beds using mathematical modelling and computational fluid dynamics approaches」PLOS ONE 14(7): e0219906(2019年7月31日、DOI: 10.1371/journal.pone.0219906)——オープンアクセス(CC BY)、本文確認
Moroney, K.M., Lee, W.T., O’Brien, S.B.G., Suijver, F., Marra, J.「Coffee extraction kinetics in a well mixed system」Journal of Mathematics in Industry 7, 3(2016年6月30日、DOI: 10.1186/s13362-016-0024-6)——オープンアクセス、本文確認。2015年のChemical Engineering Science本論文(DOI: 10.1016/j.ces.2015.06.003)は本セッションでもアクセスできず、この続報経由でモデルの骨格を確認した
Batali, M.E., Ristenpart, W.D., Guinard, J-X.「Brew temperature, at fixed brew strength and extraction, has little impact on the sensory profile of drip brew coffee」Scientific Reports 10:16450(2020年10月5日、DOI: 10.1038/s41598-020-73341-4、PMC7536440)——オープンアクセス、本文確認。Author Correction(PMC7835346)は抽出用の水の調合レシピの誤植のみで、この結果とは無関係
Farah, A., Donangelo, C.M.「Phenolic compounds in coffee」Brazilian Journal of Plant Physiology 18(1):23-36(2006年、DOI: 10.1590/S1677-04202006000100003)——オープンアクセス、本文確認。当サイト焙煎の化学ページで確認したもの