コーヒーの
香りの成分Aroma Compounds
焙煎したコーヒーからは、これまでに1000種類を超える揮発性化合物が見つかっている。ところが、そのうち香りに意味のある役割を果たしているのは約5%にすぎず、淹れたてコーヒーの香りを再現するには約30種類あれば足りるとされる。数が多いことと、効いていることは別なのである。ここでは、その「効いている側」の分子たちが焙煎中にどう生まれ、焙煎度でどう増減するのかを、実測値つきで見ていく。
- 同定されている数
- 1000種以上
- 香りに効く割合
- 約5%
- 再現に必要な数
- 約30種
- いちばん多い(実測)
- フルフリルアルコール
香りは焙煎で作られる
SOURCE: SCA Coffee Decoded / Wu et al. 2022生豆にも揮発性成分はある。ただし「コーヒーの香り」と呼べるものではない。Wu ほか(2022)は、生豆の揮発性成分としてアルデヒド類、ケトン類、フラン類、酢酸・プロパン酸・ブタン酸などを挙げたうえで、これらが焙煎中の反応によって「変えられる(changed)」と書いている。
1000種あって、効くのは30種
SOURCE: Gigl et al. 2026 ほか主な香り成分の系統
SOURCE: Wu et al. 2022焙煎コーヒーの香り成分は、化学的な系統ごとにまとめて語られることが多い。それぞれの生まれ方が違う。
ピラジン類
メイラード反応とストレッカー分解から生まれる、窒素を含む環状化合物。「焙煎香」「ロースト香」の中心とされる系統である。Wu ほか(2022)の実測では、浅・中・深の3段階で大きな差が出なかった(多少の変動はある)。一般に250℃前後で量がピークになり、それを超えるとメラノイジンに取り込まれて減るとされる(Schenker ほか 2002)。
フラン類・フラン系化合物
ショ糖・リボース・デオキシオソンなどの糖と、システインやメチオニンといったアミノ酸の反応から生まれる。Wu ほか(2022)は、フルフリルアルコールなどが焙煎豆のカラメル様の香りの一部を担いうるとしている。フルフラールや5-メチルフルフラールは、メイラード反応後のアマドリ転位生成物の脱水・環化・重合から、あるいはフルフリルアルコール・多価不飽和脂肪酸・アスコルビン酸の熱酸化からできる。
ピロール類・ピリジン類
典型的な焙煎生成物。生成の原理はピラジンと似ており、アルドース(アルデヒド)とアルキルアミン(アミノケトン)のあいだのストレッカー反応が起き、他のアミノ酸が加わって環化することで、ピロール・ピリジン・ピラジンといった香気活性化合物が一連で生まれる。ピリジンは浅煎り1.88に対して深煎り5.31 μg/g と、実測でもっとも増加幅が大きかった。
酸類・ケトン類・フェノール類
酢酸は焙煎後の焙煎豆でもっとも豊富な有機酸で、糖(とくにショ糖)の断片化によるとされる(→酸味の正体)。フェノール類にはフェノールのほかマルトール(浅0.83→深1.97 μg/g)が含まれる。
焙煎度別の実測値
SOURCE: Wu et al. 2022, Table 3(HS-SPME-GC-MS)Wu ほか(2022)が、市販の浅煎り・中煎り・深煎りのアラビカ豆について、ヘッドスペース固相マイクロ抽出/ガスクロマトグラフィー質量分析(HS-SPME-GC-MS)で半定量した20成分である。単位はμg/g。
| 成分 | 系統 | 浅煎り | 中煎り | 深煎り |
|---|---|---|---|---|
| 酢酸 | 酸 | 52.66 ± 0.70 | 60.4 ± 0.46 | 60.83 ± 3.36 |
| フルフリルアルコール (2-フランメタノール) | フラン | 34.16 ± 0.40 | 37.87 ± 0.31 | 42.97 ± 1.65 |
| フルフラール | フラン | 16.26 ± 0.36 | 17.44 ± 0.16 | 19.32 ± 0.37 |
| 5-メチルフルフラール | フラン | 14.16 ± 0.27 | 17.60 ± 0.43 | 18.93 ± 0.42 |
| メチルピラジン | ピラジン | 6.25 ± 0.01 | 6.17 ± 0.01 | 7.03 ± 0.04 |
| ピリジン | ピリジン | 1.88 ± 0.03 | 2.93 ± 0.03 | 5.31 ± 0.10 |
| 2,5-ジメチルピラジン | ピラジン | 3.75 ± 0.04 | 3.48 ± 0.15 | 3.23 ± 0.02(減少) |
| 2,6-ジメチルピラジン | ピラジン | 2.89 ± 0.04 | 2.45 ± 0.05 | 2.50 ± 0.02(減少) |
| 1-(1H-ピロール-2-イル)エタノン | ケトン | 1.60 ± 0.57 | 2.01 ± 0.10 | 2.48 ± 0.41 |
| マルトール | フェノール | 0.83 ± 0.27 | 1.31 ± 0.38 | 1.97 ± 0.77 |
| フェノール | フェノール | 1.01 ± 0.03 | 1.11 ± 0.08 | 1.52 ± 0.04 |
| 1-メチル-1H-ピロール-2-カルボアルデヒド | ピロール | 0.65 ± 0.01 | 0.83 ± 0.04 | 1.03 ± 0.04 |
| フルフリルアセタート | フラン | 0.99 ± 0.31 | 1.06 ± 0.09 | 1.60 ± 0.49 |
| ピラジン | ピラジン | 0.56 ± 0.02 | 0.625 ± 0.03 | 0.85 ± 0.06 |
| エチルピラジン | ピラジン | 0.57 ± 0.02 | 0.59 ± 0.01 | 0.63 ± 0.01 |
| 2-エチル-6-メチルピラジン | ピラジン | 0.52 ± 0.01 | 0.52 ± 0.01 | 0.52 ± 0.01 |
香りは、豆の中に閉じ込められている
SOURCE: SCA / 当サイト内の既存ページできた香り成分は、焙煎豆の多孔質な構造の中に、二酸化炭素とともに閉じ込められている。そして時間とともに逃げていく。
今後追加すべき項目
- 「約30種」の中身 — 02の「香りの再現に必要な約30種」が具体的にどの化合物なのかを列挙した一次資料を、当サイトはまだ確認できていない。このページのいちばん大きな欠落である。
- 各成分の香りの表現 — 04の表の各成分が「どんな匂いか」を、一次資料の記述で埋めたい。今回はフラン類の「カラメル様」以外、原典に香りの記述がなかったため、想像で補うことはしなかった。
- 香気閾値(odor threshold) — 各成分がどの濃度から香るのかのデータ。これがないと04の表を寄与度として読めない。
- 2-フルフリルチオール(FFT) — コーヒーの代表的な香り成分としてしばしば挙げられるが、Wu ほか(2022)の20成分には含まれていない。硫黄化合物についての資料を別途探したい。
- SCAJ「WCR Sensory Lexicon 日本語のまとめ」(2016年) — 用語集から引き継いでいる宿題。香りの表現の日本語の一次資料として重要。
- 精製方法と香り — 「Effects of postharvest processing on aroma formation in roasted coffee – a review」(IJFST 2023)は本ページで数字を1つ引用しているのみで、本文は未読である。
- 抽出後の香りの変化 — 「Key odorant melanoidin interactions in aroma staling of coffee beverages」(Food Chemistry 2022)という研究が存在する。保温による香りの劣化とメラノイジンの関係を扱っており、読みたい。
- Wu, H., Lu, P., Liu, Z., Sharifi‐Rad, J., Suleria, H.A.R.「Impact of roasting on the phenolic and volatile compounds in coffee beans」Food Science & Nutrition 10(4):1003-1020(2022年4月、DOI: 10.1002/fsn3.2849)— 本ページの骨格。Table 3(20成分の焙煎度別実測値)、ピラジン・フラン・ピロール・ピリジンの生成経路、ジメチルピラジンのクラスタリング、Schenker ほか(2002)の250℃、酢酸の由来。PMC(PMC9281936)のオープンアクセス版で本文確認(2026年8月21日取得)
- Gigl, M. ほか「Impact of Interactions between Melanoidins and Caffeine on the Bitter Taste of Coffee Beverages」Journal of Agricultural and Food Chemistry 74(23):18243-18252(2026年、DOI: 10.1021/acs.jafc.5c17022)— 「約30種の匂い物質」、再構成実験と除外実験、FFT・ピラジンと高分子画分のπ–π相互作用。PMC(PMC13281520)で本文確認(2026年8月21日取得)
- Specialty Coffee Association(SCA)「Coffee Decoded: Flavor Chemistry」(Peter Giuliano、sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-5-flavor-chemistry、2026年8月21日取得)— 「フレーバー・イメージ」、ガスクロマトグラフィー・オルファクトメトリー、オルファクションポート、オハイオ州立大学 Flavor Research and Education Center、官能ガイド分画
- Specialty Coffee Association(SCA)「Coffee Decoded: Flavor from the Fires — Why Roast Color Matters」(Peter Giuliano、sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-4-roast-color、2026年8月21日取得)— Yeretzian(2017)の引用
- 全日本コーヒー協会(AJCA)「焙煎・配合・粉砕」(coffee.ajca.or.jp/column/4472/、2026年8月21日取得)— 焙煎したてが香気成分が最も多いこと、挽き方のポイント
- 「1000種以上の揮発性化合物、そのうち約5%が香りに寄与」は International Journal of Food Science and Technology 58(3):1007(2023)掲載の総説「Effects of postharvest processing on aroma formation in roasted coffee – a review」の記述として確認した。当サイトは要旨・抜粋の範囲で確認しており、本文全体は未読である。