HACHIMARU COFFEE ROASTERY
焙煎 / Aroma Compounds

コーヒーの
香りの成分Aroma Compounds

焙煎したコーヒーからは、これまでに1000種類を超える揮発性化合物が見つかっている。ところが、そのうち香りに意味のある役割を果たしているのは約5%にすぎず、淹れたてコーヒーの香りを再現するには約30種類あれば足りるとされる。数が多いことと、効いていることは別なのである。ここでは、その「効いている側」の分子たちが焙煎中にどう生まれ、焙煎度でどう増減するのかを、実測値つきで見ていく。

同定されている数
1000種以上
香りに効く割合
約5%
再現に必要な数
約30種
いちばん多い(実測)
フルフリルアルコール
01

香りは焙煎で作られる

SOURCE: SCA Coffee Decoded / Wu et al. 2022

生豆にも揮発性成分はある。ただし「コーヒーの香り」と呼べるものではない。Wu ほか(2022)は、生豆の揮発性成分としてアルデヒド類、ケトン類、フラン類、酢酸・プロパン酸・ブタン酸などを挙げたうえで、これらが焙煎中の反応によって「変えられる(changed)」と書いている。

Primary source quote
コーヒーの匂いが生まれるうえで、もっとも重要な工程は焙煎である。
Yeretzian(2017)『Springer Handbook of Odor』の記述として、SCA「Coffee Decoded: Flavor from the Fires」が引用しているもの。
反応の主役はメイラード反応とストレッカー分解。 香り成分の大部分はメイラード反応、カラメル化、ストレッカー分解、熱分解によって生まれる。それぞれの反応の説明は焙煎の化学のページにある。ここではその結果として何ができるのかを見る。
豆の種類・産地・精製でも変わる。 Wu ほか(2022)は「コーヒー豆の品種の違い、その自然の産地と加工、とりわけ焙煎が、多様な揮発性組成に寄与する」と述べている(Somporn ほか 2011)。→品種産地精製方法
02

1000種あって、効くのは30種

SOURCE: Gigl et al. 2026 ほか
Primary source quote
数百の揮発性化合物のうち、ごく少数だけが淹れたてコーヒーの全体的な風味に寄与していることが、過去30年間の風味研究によって示されてきた。(中略)淹れたてコーヒーの典型的な香りのプロファイルを模倣するのに必要な匂い物質は、30種類を大きく超えることはない。
Gigl ほか(2026)J Agric Food Chem 74(23) の序論より(当サイトによる訳)。
⭐ どうやってその30種を絞り込むのか。 論文が挙げている手順は次のとおり——①ガスクロマトグラフィー/オルファクトメトリーで匂い物質を探索し、②その量を定量し、③「香りの再構成(aroma reconstitution)」と「除外実験(omission experiments)」で確かめる再構成とは、候補の分子を実際の濃度どおりに混ぜて本物と同じ香りになるかを見ること。除外実験とは、そこから1つ抜いて香りが変わるかを見ること。抜いても変わらなければ、その分子は効いていない。
SCAが紹介している「鼻で嗅ぐ分析装置」。 SCA「Coffee Decoded: Flavor Chemistry」は、ガスクロマトグラフィーで分離した成分を「オルファクションポート(嗅覚用の出口)」に通し、人が官能評価するという手法を紹介している。オハイオ州立大学のFlavor Research and Education Centerがこの方法で、甘い匂いのする化合物——それまで知られていなかったものを含む——を特定しているという。装置は「何があるか」しか教えてくれない。「それが香るか」は人が判定する。
「風味」は味と匂いの合成である。 同じSCAの記事は、風味(flavor)を、味覚(不揮発性の化学物質)と嗅覚(揮発性の化学物質)という2つの化学感覚が脳の中で合成された「フレーバー・イメージ」として説明している。このページで扱っているのは、そのうち「揮発性」の側である。不揮発性の側は苦味酸味メラノイジンのページで扱っている。
03

主な香り成分の系統

SOURCE: Wu et al. 2022

焙煎コーヒーの香り成分は、化学的な系統ごとにまとめて語られることが多い。それぞれの生まれ方が違う。

ピラジン類

PYRAZINES
焙煎度による変化:ほぼ横ばい

メイラード反応とストレッカー分解から生まれる、窒素を含む環状化合物。「焙煎香」「ロースト香」の中心とされる系統である。Wu ほか(2022)の実測では、浅・中・深の3段階で大きな差が出なかった(多少の変動はある)。一般に250℃前後で量がピークになり、それを超えるとメラノイジンに取り込まれて減るとされる(Schenker ほか 2002)。

フラン類・フラン系化合物

FURANS & FURANIC COMPOUNDS
焙煎度による変化:深いほど増える

ショ糖・リボース・デオキシオソンなどの糖と、システインやメチオニンといったアミノ酸の反応から生まれる。Wu ほか(2022)は、フルフリルアルコールなどが焙煎豆のカラメル様の香りの一部を担いうるとしている。フルフラールや5-メチルフルフラールは、メイラード反応後のアマドリ転位生成物の脱水・環化・重合から、あるいはフルフリルアルコール・多価不飽和脂肪酸・アスコルビン酸の熱酸化からできる。

ピロール類・ピリジン類

PYRROLES & PYRIDINES
焙煎度による変化:深いほど増える

典型的な焙煎生成物。生成の原理はピラジンと似ており、アルドース(アルデヒド)とアルキルアミン(アミノケトン)のあいだのストレッカー反応が起き、他のアミノ酸が加わって環化することで、ピロール・ピリジン・ピラジンといった香気活性化合物が一連で生まれるピリジンは浅煎り1.88に対して深煎り5.31 μg/g と、実測でもっとも増加幅が大きかった。

酸類・ケトン類・フェノール類

ACIDS, KETONES, PHENOLS
焙煎度による変化:深いほど増える

酢酸は焙煎後の焙煎豆でもっとも豊富な有機酸で、糖(とくにショ糖)の断片化によるとされる(→酸味の正体)。フェノール類にはフェノールのほかマルトール(浅0.83→深1.97 μg/g)が含まれる。

04

焙煎度別の実測値

SOURCE: Wu et al. 2022, Table 3(HS-SPME-GC-MS)

Wu ほか(2022)が、市販の浅煎り・中煎り・深煎りのアラビカ豆について、ヘッドスペース固相マイクロ抽出/ガスクロマトグラフィー質量分析(HS-SPME-GC-MS)で半定量した20成分である。単位はμg/g。

成分系統浅煎り中煎り深煎り
酢酸52.66 ± 0.7060.4 ± 0.4660.83 ± 3.36
フルフリルアルコール
(2-フランメタノール)
フラン34.16 ± 0.4037.87 ± 0.3142.97 ± 1.65
フルフラールフラン16.26 ± 0.3617.44 ± 0.1619.32 ± 0.37
5-メチルフルフラールフラン14.16 ± 0.2717.60 ± 0.4318.93 ± 0.42
メチルピラジンピラジン6.25 ± 0.016.17 ± 0.017.03 ± 0.04
ピリジンピリジン1.88 ± 0.032.93 ± 0.035.31 ± 0.10
2,5-ジメチルピラジンピラジン3.75 ± 0.043.48 ± 0.153.23 ± 0.02(減少)
2,6-ジメチルピラジンピラジン2.89 ± 0.042.45 ± 0.052.50 ± 0.02(減少)
1-(1H-ピロール-2-イル)エタノンケトン1.60 ± 0.572.01 ± 0.102.48 ± 0.41
マルトールフェノール0.83 ± 0.271.31 ± 0.381.97 ± 0.77
フェノールフェノール1.01 ± 0.031.11 ± 0.081.52 ± 0.04
1-メチル-1H-ピロール-2-カルボアルデヒドピロール0.65 ± 0.010.83 ± 0.041.03 ± 0.04
フルフリルアセタートフラン0.99 ± 0.311.06 ± 0.091.60 ± 0.49
ピラジンピラジン0.56 ± 0.020.625 ± 0.030.85 ± 0.06
エチルピラジンピラジン0.57 ± 0.020.59 ± 0.010.63 ± 0.01
2-エチル-6-メチルピラジンピラジン0.52 ± 0.010.52 ± 0.010.52 ± 0.01
⭐ 上位2つで、他を大きく引き離している。 酢酸(52〜61)とフルフリルアルコール(34〜43)が、量として突出している。3番手のフルフラール(16〜19)とは倍以上の差がある。ただし「量が多い=香りとして強い」ではない——分子ごとに閾値が違うためである(→02)。この表は量の分布であって、香りの寄与度の順位ではない。
⭐ ジメチルピラジンだけが、深煎りで減っている。 2,5-ジメチルピラジン(3.75→3.23)と2,6-ジメチルピラジン(2.89→2.50)は、焙煎が深くなるほど減っている。論文は「2,5-ジメチルピラジンと2,6-ジメチルピラジンは、官能基の位置が違うだけで同じメイラード反応から生じるため、ピラジンのグループにはまとまり(clustering)が見られる」と述べ、ピラジン全体としては3つの焙煎度でおおむね安定していたとしている。
⚠️ 「半定量(semi-quantified)」であることに注意。 論文自身が semi-quantification と書いている。絶対量として他の研究の数値と直接比較できるとは限らない。また試料は市販の焙煎豆であり、焙煎条件を統制した実験ではない。焙煎度による傾向を見るための表として読むのが適切である。
フルフリルアルコールは、苦味物質の材料でもある。 苦味の正体 02で扱っているとおり、フルフリルアルコールは酸触媒による脱水を経て、ジヒドロキシベンゼン・トリヒドロキシベンゼンと反応し、一連の苦味物質になる(Kreppenhofer ほか)。実測でいちばん多い香り成分の一つが、同時に苦味の原料でもある——焙煎の化学が単純な足し算にならない一例である。
05

香りは、豆の中に閉じ込められている

SOURCE: SCA / 当サイト内の既存ページ

できた香り成分は、焙煎豆の多孔質な構造の中に、二酸化炭素とともに閉じ込められているそして時間とともに逃げていく。

クレマも、この構造から説明されている。 当サイトのエスプレッソのページは、SCA「Coffee Decoded: What is "freshly roasted" coffee?」を引いて、焙煎豆の多孔質構造に閉じ込められたCO₂が抽出時に放出されるためとクレマを説明している。香り成分も同じ構造の中にいる。
だから「挽きたて」が推奨される。 AJCAは挽き方のポイントとして「コーヒーを淹れる直前に必要な分量だけを挽く」を挙げ、その理由を「豆は粉状になると表面積が増えるため、湿気を吸いやすく酸化が進んで劣化します」と説明している。粉にするというのは、閉じ込めていた構造を壊すということでもある。挽き方と粒度のページ
焙煎したてが、いちばん香気成分が多い。 AJCAは「生豆には感じられないコーヒー独特の香りは焙煎によるもの。焙煎されたてのコーヒーが香気成分が最も多く、次第に劣化していきます」と述べている。→保存方法のページ
メラノイジンが香り成分を抱え込んでいる。 Gigl ほか(2026)は、2-フルフリルチオール(FFT)やピラジンといった特定の香り成分が、コーヒーの高分子画分(メラノイジンを含む)とπ–π相互作用で結びつきうることが示されていると述べている。香りの一部は、自由に飛んでいるのではなく、大きな分子に「持たれている」ということになる。→メラノイジンのページ
06

今後追加すべき項目

  • 「約30種」の中身02の「香りの再現に必要な約30種」が具体的にどの化合物なのかを列挙した一次資料を、当サイトはまだ確認できていない。このページのいちばん大きな欠落である。
  • 各成分の香りの表現04の表の各成分が「どんな匂いか」を、一次資料の記述で埋めたい。今回はフラン類の「カラメル様」以外、原典に香りの記述がなかったため、想像で補うことはしなかった。
  • 香気閾値(odor threshold) — 各成分がどの濃度から香るのかのデータ。これがないと04の表を寄与度として読めない。
  • 2-フルフリルチオール(FFT) — コーヒーの代表的な香り成分としてしばしば挙げられるが、Wu ほか(2022)の20成分には含まれていない。硫黄化合物についての資料を別途探したい。
  • SCAJ「WCR Sensory Lexicon 日本語のまとめ」(2016年)用語集から引き継いでいる宿題。香りの表現の日本語の一次資料として重要。
  • 精製方法と香り — 「Effects of postharvest processing on aroma formation in roasted coffee – a review」(IJFST 2023)は本ページで数字を1つ引用しているのみで、本文は未読である。
  • 抽出後の香りの変化 — 「Key odorant melanoidin interactions in aroma staling of coffee beverages」(Food Chemistry 2022)という研究が存在する。保温による香りの劣化とメラノイジンの関係を扱っており、読みたい。
  1. Wu, H., Lu, P., Liu, Z., Sharifi‐Rad, J., Suleria, H.A.R.「Impact of roasting on the phenolic and volatile compounds in coffee beans」Food Science & Nutrition 10(4):1003-1020(2022年4月、DOI: 10.1002/fsn3.2849)— 本ページの骨格。Table 3(20成分の焙煎度別実測値)、ピラジン・フラン・ピロール・ピリジンの生成経路、ジメチルピラジンのクラスタリング、Schenker ほか(2002)の250℃、酢酸の由来。PMC(PMC9281936)のオープンアクセス版で本文確認(2026年8月21日取得)
  2. Gigl, M. ほか「Impact of Interactions between Melanoidins and Caffeine on the Bitter Taste of Coffee Beverages」Journal of Agricultural and Food Chemistry 74(23):18243-18252(2026年、DOI: 10.1021/acs.jafc.5c17022)— 「約30種の匂い物質」、再構成実験と除外実験、FFT・ピラジンと高分子画分のπ–π相互作用。PMC(PMC13281520)で本文確認(2026年8月21日取得)
  3. Specialty Coffee Association(SCA)「Coffee Decoded: Flavor Chemistry」(Peter Giuliano、sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-5-flavor-chemistry、2026年8月21日取得)— 「フレーバー・イメージ」、ガスクロマトグラフィー・オルファクトメトリー、オルファクションポート、オハイオ州立大学 Flavor Research and Education Center、官能ガイド分画
  4. Specialty Coffee Association(SCA)「Coffee Decoded: Flavor from the Fires — Why Roast Color Matters」(Peter Giuliano、sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-4-roast-color、2026年8月21日取得)— Yeretzian(2017)の引用
  5. 全日本コーヒー協会(AJCA)「焙煎・配合・粉砕」(coffee.ajca.or.jp/column/4472/、2026年8月21日取得)— 焙煎したてが香気成分が最も多いこと、挽き方のポイント
  6. 「1000種以上の揮発性化合物、そのうち約5%が香りに寄与」は International Journal of Food Science and Technology 58(3):1007(2023)掲載の総説「Effects of postharvest processing on aroma formation in roasted coffee – a review」の記述として確認した。当サイトは要旨・抜粋の範囲で確認しており、本文全体は未読である。