コーヒーの
酸味の正体Acidity
「浅煎りは酸っぱい、深煎りは苦い」——よく言われることで、実際そのとおりでもある。では酸味は、焙煎のどこで生まれ、どこで消えるのか。2024年、カリフォルニア大学デイビス校のチームが5kgの業務用ドラム焙煎機で、1分ごとに豆を取り出して酸を測るという実験を行った。結果は驚くほどはっきりしていた——酸味は1ハゼでピークに達し、2ハゼまでに生豆と同じ値まで戻る。しかもそのピークの高さは、焙煎の仕方を7通りに変えても、産地を変えても、ほとんど動かなかった。
- ピークの位置
- 1ハゼ(例外なし)
- ピークの高さ
- 4.9 ± 0.2 mL NaOH/40mL
- 生豆の値
- 2.2 ± 0.3(pH 5.9 ± 0.1)
- 2ハゼ時点
- ほぼ生豆と同じ値に戻る
「酸味」を測るには、pHより滴定酸度
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024(Sci Rep)まず測り方の話から。コーヒーの酸味を数字にする方法は2つある。そして、どちらを使うかで結論が変わる。
| 何を測っているか | 官能的な酸味との関係 | |
|---|---|---|
| pH | 液中の水素イオンの濃度。「酸の強さ」を表す | 相関はある |
| 滴定酸度(TA) Titratable Acidity | 中和するのに必要なアルカリの量。「酸の総量」を表す | こちらのほうが優れた予測因子 |
酸味は1ハゼでピークになる
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024、実験結果実験の設計はこうである。カリフォルニア大学デイビス校コーヒーセンターで、2022年7月から12月にかけて、5kgのバッチ焙煎機(Probat P5 model 2、都市ガス)を使用。1回の焙煎は16分。1分ごとに豆を取り出し、1回の焙煎につき17検体(焙煎中の16点+対応する生豆)を測定。それを3回ずつ繰り返した。
pH は 5.9 ± 0.1。同じ生豆の 7プロファイル × 3回 = 21検体の測定にもとづく値。
生豆の約2.2倍。7つの焙煎プロファイル・3つの産地のすべてで、ピークは1ハゼと数秒以内で一致した。
FS・EF・PR の3プロファイルでの実測値。生豆の 2.2 ± 0.3 とほぼ同じところまで戻っている。
ピークの高さは、焙煎の仕方で変えられなかった
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024研究チームは合計時間は同じ16分のまま、途中の温度の動かし方だけを7通りに変えた。それでもピークの高さは動かなかった。
| 試した7つの焙煎プロファイル |
|---|
| fast start(FS)/slow start(SS)/medium(MD)/production(PR)/exaggerated flick(EF)/negative rate of rise(NRoR)/extended Maillard(EM)——いずれも1回16分 |
| 産地・精製方法 | 平均ピーク滴定酸度 |
|---|---|
| アフリカ産ウォッシュト(USF) | 4.8 ± 0.1 |
| エルサルバドル(ELS) | 4.9 ± 0.3(+2%) |
| スマトラ(SUM) | 5.1 ± 0.2(+3%) |
どんな酸が入っているのか
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024 / Farah & Donangelo 2006 / Wu et al. 2022滴定酸度は「酸の総量」である。では中身は何か。焙煎で減るものと、焙煎で生まれるものがある。
| 酸 | 焙煎での動き | 由来 |
|---|---|---|
| クロロゲン酸 | 減る | 生豆にもともとある。乾物1%の減量ごとに8〜10%失われる(→クロロゲン酸のページ) |
| クエン酸 | 減る | 生豆にもともとある |
| リンゴ酸 | 減る | 生豆にもともとある |
| キナ酸 | 増える | クロロゲン酸が分解してできる。クロロゲン酸はキナ酸とカフェ酸のエステルなので、切れればキナ酸が出てくる |
| 酢酸 | 増える | 糖(とくにショ糖)の熱分解によって生まれる。Wu ほか(2022)は「焙煎後の焙煎豆でもっとも豊富な有機酸」としている |
| ギ酸 | 増える | 同じく可溶性の炭水化物の熱分解による |
| 酢酸の実測値(Wu ほか 2022、HS-SPME-GC-MS) | 浅煎り | 中煎り | 深煎り |
|---|---|---|---|
| 酢酸(μg/g) | 52.66 ± 0.70 | 60.4 ± 0.46 | 60.83 ± 3.36 |
抽出でも酸味は変わる
SOURCE: 当サイト内の既存ページここまでは焙煎の話である。同じ豆でも、淹れ方で酸味は変わる。当サイトの他のページで扱っている内容を、酸味の観点でまとめておく。
| 条件 | 分かっていること | ページ |
|---|---|---|
| 水出し vs 熱湯 | pHは同等(4.85〜5.13)だが、総滴定酸度と抗酸化活性は熱湯抽出のほうが高い(Sci Rep 2018, 8:16030)。「水出しは酸味が少ない」はpHでは説明できない | アイスコーヒーと水出し |
| 湯温 | 100℃未満の範囲では、高い温度ほどクロロゲン酸が多く抽出される(Farah & Donangelo 2006) | クロロゲン酸 05 |
| 保温 | 保温し続けるとクロロゲン酸もそのラクトンも減る(Bennat ほか 1994/Schrader ほか 1996) | クロロゲン酸 05 |
| 抽出時間 | 93℃では最初の2分の抽出速度がもっとも速く、その後は緩やかになる | 抽出のページ |
今後追加すべき項目
- 個々の酸の定量値 — クエン酸・リンゴ酸・キナ酸・酢酸・ギ酸それぞれについて、焙煎度ごとの濃度(g/kg など)を体系的にまとめた資料を、当サイトはまだ本文で確認できていない。Critical Reviews in Food Science and Nutrition の総説「Acids in coffee」(2021)と、Food Chemistry Advances の「Acids in brewed coffees」がその候補だが、いずれも出版社のサイトから本文にアクセスできなかった(HTTP 403)。
- 味覚閾値 — どの酸が実際に酸味として知覚される濃度に達しているのかは未確認。苦味のページで見たとおり、「入っていること」と「味に効いていること」は別である。
- 1ハゼの物理的な機構 — 02のピークが1ハゼと一致する理由——なぜ音が鳴る瞬間に酸のピークが来るのか——は、論文も説明していない。
- 滴定酸度の単位 — 本ページの「mL NaOH/40mL サンプル」は論文の測定手順に固有の単位で、他の研究の数値と直接比較できるとは限らない。標準化された指標があるかを調べたい。
- SCAの官能評価での酸味 — SCA-103-2024(CVA)における酸味の記述と、本ページの化学的な内容の対応づけは未着手。→CVAのページ
- 精製方法と酸味 — 03のとおり今回の実験では産地・精製方法の差が出なかったが、論文自身が「初期滴定酸度が似ていたため」と断っている。精製方法が酸味に与える影響については、別の資料を当たりたい。→精製方法のページ
- 「酸っぱい」と「酸味がある」の違い — カッピングの世界では acidity は肯定的な評価語で、sour は欠点を指すことが多い。この使い分けを定義した一次資料を探したい。
- Anokye-Bempah, L., Han, J., Kornbluth, K., Ristenpart, W.D., Donis-González, I.R.「The effect of roast profiles on the dynamics of titratable acidity during coffee roasting」Scientific Reports 14:8237(2024年4月8日、DOI: 10.1038/s41598-024-57256-y、CC BY 4.0)— 本ページの骨格。実験設計(UCデイビス コーヒーセンター、2022年7〜12月、Probat P5 model 2、5kgバッチ、16分、1分ごとに17検体、3回反復、7プロファイル、3産地)、初期滴定酸度 2.2±0.3(pH 5.9±0.1)、ピーク 4.9±0.2、2ハゼ時点 2.5/2.7/2.8、焙煎終了時 1.2±0.1 と 1.7±0.2、産地別ピーク値、9分焙煎の比較、滴定酸度がpHより優れた予測因子であること、ギ酸・酢酸の生成とクロロゲン酸の分解。PMC(PMC11002029)で本文確認(2026年8月21日取得)
- Farah, A., Donangelo, C.M.「Phenolic compounds in coffee」Brazilian Journal of Plant Physiology 18(1):23-36(2006年)— クロロゲン酸が最終的な酸味に寄与すること、抽出温度と抽出率、保温による減少。オープンアクセス版PDFで全文確認(2026年8月21日取得)
- Wu, H. ほか「Impact of roasting on the phenolic and volatile compounds in coffee beans」Food Science & Nutrition 10(4):1003-1020(2022年)— 酢酸の焙煎度別実測値、「焙煎後の焙煎豆でもっとも豊富な有機酸」、ショ糖の断片化。PMC(PMC9281936)で本文確認(2026年8月21日取得)
- 全日本コーヒー協会(AJCA)「焙煎・配合・粉砕」(coffee.ajca.or.jp/column/4472/、2026年8月21日取得)— 「浅炒りほど酸味が強く、深炒りになるほど苦味を感じる」
- 02の図は、当サイトが論文の数値と記述から作成した模式図である。論文の実測グラフの再現ではなく、横軸の間隔も実際の時間比率を表していない。