焙煎 / Acidity
コーヒーの 酸味の正体Acidity
「浅煎りは酸っぱい、深煎りは苦い」——よく言われることで、実際そのとおりでもある。では酸味は、焙煎のどこで生まれ、どこで消えるのか。 2024年、カリフォルニア大学デイビス校のチームが5kgの業務用ドラム焙煎機で、1分ごとに豆を取り出して酸を測る という実験を行った。結果は驚くほどはっきりしていた——酸味は1ハゼでピークに達し、2ハゼまでに生豆と同じ値まで戻る。 しかもそのピークの高さは、焙煎の仕方を7通りに変えても、産地を変えても、ほとんど動かなかった。
ピークの位置 1ハゼ(例外なし)
ピークの高さ 4.9 ± 0.2 mL NaOH/40mL
生豆の値 2.2 ± 0.3(pH 5.9 ± 0.1)
2ハゼ時点 ほぼ生豆と同じ値に戻る
01
「酸味」を測るには、pHより滴定酸度
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024(Sci Rep)
まず測り方の話から。コーヒーの酸味を数字にする方法は2つある。そして、どちらを使うかで結論が変わる。
何を測っているか 官能的な酸味との関係
pH 液中の水素イオンの濃度 。「酸の強さ」を表す相関はある
滴定酸度(TA) Titratable Acidity中和するのに必要なアルカリの量 。「酸の総量」を表すこちらのほうが優れた予測因子
Primary source quote
数多くの研究が、抽出されたコーヒーの知覚される酸味と、その滴定酸度およびpHとのあいだの強い相関を示してきた。滴定酸度のほうが優れた予測因子である。
Anokye-Bempah ほか(2024)Scientific Reports 14:8237 より(当サイトによる訳)。
⭐ 当サイトの別のページと、ここでつながる。 アイスコーヒーと水出しのページ で扱っている研究(Sci Rep 2018, 8:16030)は、
水出しと熱湯抽出でpHは同等(4.85〜5.13)だが、総滴定酸度は熱湯抽出のほうが高い と報告している。
pHで見れば同じ、滴定酸度で見れば違う ——同じ2杯が、測り方によって違って見える。
「水出しは酸味が少ない」という言い方がpHでは説明できないのは、このためである。
コーヒーの酸味は品質評価に直結する。 論文は冒頭で
「抽出されたコーヒーの知覚される酸味は、コーヒーの品質スコア、フレーバープロファイル、消費者の嗜好に大きく影響する重要な官能特性である」 と述べている。→
カッピングのページ /
スペシャルティコーヒーとは
02
酸味は1ハゼでピークになる
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024、実験結果
実験の設計はこうである。カリフォルニア大学デイビス校コーヒーセンターで、2022年7月から12月にかけて、5kgのバッチ焙煎機(Probat P5 model 2、都市ガス)を使用。1回の焙煎は16分。1分ごとに豆を取り出し、1回の焙煎につき17検体(焙煎中の16点+対応する生豆)を測定。それを3回ずつ繰り返した。
焙煎中の滴定酸度の推移(当サイトが論文の記述から作図した模式図)
焙煎開始
1ハゼ
2ハゼ
焙煎終了
4.9
2.2
ピーク 4.9 ± 0.2
生豆 2.2 ± 0.3
ほぼ生豆と同じ値
1.2〜1.7
この図は当サイトが論文の数値と記述から作成した模式図である。 論文の実測グラフそのものではなく、横軸の間隔も実際の時間比率を表していない 。単位は mL NaOH/40mL サンプル。
START — GREEN
生豆
2.2 ± 0.3
pH は 5.9 ± 0.1 。同じ生豆の 7プロファイル × 3回 = 21検体 の測定にもとづく値。
FIRST CRACK — PEAK
1ハゼ
4.9 ± 0.2
生豆の約2.2倍。 7つの焙煎プロファイル・3つの産地のすべてで、ピークは1ハゼと数秒以内で一致した。
SECOND CRACK
2ハゼ
2.5 / 2.7 / 2.8
FS・EF・PR の3プロファイルでの実測値。生豆の 2.2 ± 0.3 とほぼ同じ ところまで戻っている。
Primary source quote
焙煎プロファイルによらず、ピーク滴定酸度は常に1ハゼと同時に生じ、その平均ピーク値は 4.9 ± 0.2 mL NaOH/40mL サンプルであった(すべての焙煎プロファイルとコーヒー産地にわたる平均)。(中略)2つめの新しい観察は、焙煎プロファイルによらず、2ハゼの開始時点で滴定酸度が初期の値へほぼ正確に低下していたことである。
Anokye-Bempah ほか(2024)より(当サイトによる訳)。論文は「2ハゼまでに滴定酸度が初期値まで低下することについては、文献に報告がない」 と、この発見の新規性を明記している。
⭐ この結果の実務的な意味。 「酸味を残したいなら1ハゼの近くで止める」「酸味を落としたいなら2ハゼまで進める」 ——焙煎の現場で経験的に言われてきたことに、はっきりした測定の裏づけが付いたことになる。そしてその境目は、時間でも温度でもなく「音」で分かる。
「浅煎りほど酸味が強い」の根拠でもある。 AJCAは
「一般的には浅炒りほど酸味が強く、深炒りになるほど苦味を感じるようになります」 と説明している(→
焙煎度合いのページ )。
上のグラフの、ピークの手前から向こう側へ移動していく動きが、この説明に対応している。
03
ピークの高さは、焙煎の仕方で変えられなかった
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024
研究チームは合計時間は同じ16分のまま、途中の温度の動かし方だけを7通りに変えた 。それでもピークの高さは動かなかった。
試した7つの焙煎プロファイル
fast start(FS)/slow start(SS)/medium(MD)/production(PR)/exaggerated flick(EF)/negative rate of rise(NRoR)/extended Maillard(EM) ——いずれも1回16分
産地・精製方法 平均ピーク滴定酸度
アフリカ産ウォッシュト(USF) 4.8 ± 0.1
エルサルバドル(ELS) 4.9 ± 0.3(+2%)
スマトラ(SUM) 5.1 ± 0.2(+3%)
⭐ 「ピークの高さ」は変えられないが、「いつピークが来るか」は変えられる。 論文は「7つの焙煎プロファイルはいずれも、焙煎中の滴定酸度の推移に対する全体的な効果において、互いに有意に異なっていた」 としつつ、ピーク値そのものには有意差がほとんどなかった と述べている。たとえばSSプロファイルではピークが13分目に来る ——ピークの位置(=1ハゼのタイミング)は焙煎の仕方で動く。動くのはタイミングであって、高さではない。
⭐ だから「同じ9分でも、酸味は倍違う」。 論文は具体例を挙げている——SSプロファイルで9分焙煎したコーヒーの滴定酸度は 2.4 mL NaOH/40mL だが、EFプロファイルで9分焙煎すると、その2倍の滴定酸度になる 。「何分焼いたか」だけでは酸味は決まらない。焙煎曲線のどこにいるかで決まる。
焙煎終了時点では、プロファイルによる差が出る。 焙煎の最後まで進めた時点の滴定酸度は、MD・NRoR・FS が平均 1.2 ± 0.1 、EM・PR・SS・EF が平均 1.7 ± 0.2 と有意に分かれた。ただし論文は「有意差はあるものの、最終的な滴定酸度はすべて 2 mL NaOH/40mL の範囲内に収まり、最小でも 1 mL を下回らなかった」 とも書いている。
⚠️ 産地の影響が出なかった理由について、論文自身が但し書きを付けている。 「今回含めた3種類の生豆が、いずれも似た初期滴定酸度をもっていたことが理由として考えられる。今後の研究では、滴定酸度が大きく異なる生豆どうしを比較すべきである」 ——つまり「産地は関係ない」と結論づけてはいない。
04
どんな酸が入っているのか
SOURCE: Anokye-Bempah et al. 2024 / Farah & Donangelo 2006 / Wu et al. 2022
滴定酸度は「酸の総量」 である。では中身は何か。焙煎で減るものと、焙煎で生まれるものがある。
酸 焙煎での動き 由来
クロロゲン酸 減る 生豆にもともとある。乾物1%の減量ごとに8〜10%失われる (→クロロゲン酸のページ )
クエン酸 減る 生豆にもともとある
リンゴ酸 減る 生豆にもともとある
キナ酸 増える クロロゲン酸が分解してできる。 クロロゲン酸はキナ酸とカフェ酸のエステルなので、切れればキナ酸が出てくる
酢酸 増える 糖(とくにショ糖)の熱分解によって生まれる。 Wu ほか(2022)は「焙煎後の焙煎豆でもっとも豊富な有機酸」 としている
ギ酸 増える 同じく可溶性の炭水化物の熱分解による
⭐ 滴定酸度が山なりになる理由は、この表で説明できる。 論文は「この変化は主として、炭水化物からのギ酸と酢酸の生成、およびクロロゲン酸の分解に起因する」 と述べている。前半は「生まれる酸」が「減る酸」を上回るので増え、後半はできた酸自身も熱で壊れていくので減る ——これが山の形になる。この読み方は当サイトによる整理である。
酢酸の実測値(Wu ほか 2022、HS-SPME-GC-MS) 浅煎り 中煎り 深煎り
酢酸(μg/g) 52.66 ± 0.70 60.4 ± 0.46 60.83 ± 3.36
⚠️ 揮発性成分としての酢酸と、滴定酸度は別の測り方である。 上の表は
香気成分の分析(揮発性成分) として測った酢酸で、
02 の滴定酸度は
抽出液全体の酸の総量 である。
この2つの数字を直接つなげて読むことはできない ——測っている対象も単位も違う。
2つの資料を並べているのは、方向性を見るためである。
クロロゲン酸も「最終的な酸味に寄与する」。 Farah & Donangelo(2006)は「クロロゲン酸は最終的な酸味に寄与し、飲料に渋味と苦味を与える」 と述べている。クロロゲン酸は酸味・渋味・苦味の3つすべてに関わる ——このことが、焙煎度を動かすと味のバランスが一斉に動く理由のひとつである。
05
抽出でも酸味は変わる
SOURCE: 当サイト内の既存ページ
ここまでは焙煎の話 である。同じ豆でも、淹れ方で酸味は変わる。 当サイトの他のページで扱っている内容を、酸味の観点でまとめておく。
条件 分かっていること ページ
水出し vs 熱湯 pHは同等(4.85〜5.13)だが、総滴定酸度と抗酸化活性は熱湯抽出のほうが高い (Sci Rep 2018, 8:16030)。「水出しは酸味が少ない」はpHでは説明できない アイスコーヒーと水出し
湯温 100℃未満の範囲では、高い温度ほどクロロゲン酸が多く抽出される (Farah & Donangelo 2006)クロロゲン酸 05
保温 保温し続けるとクロロゲン酸もそのラクトンも減る (Bennat ほか 1994/Schrader ほか 1996)クロロゲン酸 05
抽出時間 93℃では最初の2分の抽出速度がもっとも速く 、その後は緩やかになる 抽出のページ
06
今後追加すべき項目
個々の酸の定量値 — クエン酸・リンゴ酸・キナ酸・酢酸・ギ酸それぞれについて、焙煎度ごとの濃度(g/kg など)を体系的にまとめた資料を、当サイトはまだ本文で確認できていない。Critical Reviews in Food Science and Nutrition の総説「Acids in coffee」(2021)と、Food Chemistry Advances の「Acids in brewed coffees」がその候補だが、いずれも出版社のサイトから本文にアクセスできなかった(HTTP 403)。
味覚閾値 — どの酸が実際に酸味として知覚される濃度に達しているのかは未確認。苦味のページ で見たとおり、「入っていること」と「味に効いていること」は別である。
1ハゼの物理的な機構 — 02 のピークが1ハゼと一致する理由——なぜ音が鳴る瞬間に酸のピークが来るのか——は、論文も説明していない。
滴定酸度の単位 — 本ページの「mL NaOH/40mL サンプル」は論文の測定手順に固有の単位で、他の研究の数値と直接比較できるとは限らない 。標準化された指標があるかを調べたい。
SCAの官能評価での酸味 — SCA-103-2024(CVA)における酸味の記述と、本ページの化学的な内容の対応づけは未着手。→CVAのページ
精製方法と酸味 — 03 のとおり今回の実験では産地・精製方法の差が出なかったが、論文自身が「初期滴定酸度が似ていたため」と断っている。精製方法が酸味に与える影響については、別の資料を当たりたい。 →精製方法のページ
「酸っぱい」と「酸味がある」の違い — カッピングの世界では acidity は肯定的な評価語で、sour は欠点を指すことが多い。この使い分けを定義した一次資料を探したい。
焙煎 焙煎の化学
焙煎 クロロゲン酸
焙煎 苦味の正体
焙煎 焙煎度合いの8段階
焙煎 焙煎プロファイルとROR(7プロファイルの詳細)
焙煎 1ハゼ・2ハゼの物理的機構
抽出 アイスコーヒーと水出し
品質評価 カッピング
品質評価 CVA(記述的評価)
Anokye-Bempah, L., Han, J., Kornbluth, K., Ristenpart, W.D., Donis-González, I.R.「The effect of roast profiles on the dynamics of titratable acidity during coffee roasting」Scientific Reports 14:8237(2024年4月8日、DOI: 10.1038/s41598-024-57256-y、CC BY 4.0)— 本ページの骨格。実験設計(UCデイビス コーヒーセンター、2022年7〜12月、Probat P5 model 2、5kgバッチ、16分、1分ごとに17検体、3回反復、7プロファイル、3産地)、初期滴定酸度 2.2±0.3(pH 5.9±0.1)、ピーク 4.9±0.2、2ハゼ時点 2.5/2.7/2.8、焙煎終了時 1.2±0.1 と 1.7±0.2、産地別ピーク値、9分焙煎の比較、滴定酸度がpHより優れた予測因子であること、ギ酸・酢酸の生成とクロロゲン酸の分解。PMC(PMC11002029)で本文確認(2026年8月21日取得)
Farah, A., Donangelo, C.M.「Phenolic compounds in coffee」Brazilian Journal of Plant Physiology 18(1):23-36(2006年)— クロロゲン酸が最終的な酸味に寄与すること、抽出温度と抽出率、保温による減少。オープンアクセス版PDFで全文確認(2026年8月21日取得)
Wu, H. ほか「Impact of roasting on the phenolic and volatile compounds in coffee beans」Food Science & Nutrition 10(4):1003-1020(2022年)— 酢酸の焙煎度別実測値、「焙煎後の焙煎豆でもっとも豊富な有機酸」、ショ糖の断片化。PMC(PMC9281936)で本文確認(2026年8月21日取得)
全日本コーヒー協会(AJCA)「焙煎・配合・粉砕」(coffee.ajca.or.jp/column/4472/、2026年8月21日取得)— 「浅炒りほど酸味が強く、深炒りになるほど苦味を感じる」
02 の図は、当サイトが論文の数値と記述から作成した模式図 である。論文の実測グラフの再現ではなく、横軸の間隔も実際の時間比率を表していない。