うま味は、
コーヒーにあるのか
コーヒーの味を語るとき「うま味」という言葉がよく使われる。ところが国際的な2つの標準で、扱いが割れている——SCAのCVAは基本味の5つ目としてうま味を採用しているのに対し、WCRのレキシコンにうま味は存在しない。そして成分の側を見ると、コーヒーで最も多い遊離アミノ酸はグルタミン酸である。ただしその量が味として届くのかを検証した資料は、当サイトの調査範囲では見つかっていない。
- CVA(SCA-103)
- 基本味に含める
- WCRレキシコン
- 項目が無い
- 最も多いアミノ酸
- グルタミン酸
- 知覚できるかの検証
- 資料なし
2つの標準で、扱いが割れている
SOURCE: SCA CVA(SCA-103)/WCR Sensory Lexicon 2.0[1][2]コーヒーの官能評価には、性格の違う標準が併存している。「基本の味」をいくつと数えるかが、そもそも一致していない。
基本味に含める
基本味は5つ——塩味・酸味・甘味・苦味・うま味。うま味の参照物質は0.10%のグルタミン酸ナトリウム(MSG)溶液と定められている。
→ CVAのページ
存在しない
Taste Basics(基本の味)は4つで全部——甘味・酸味・苦味・塩味。参照はそれぞれショ糖・クエン酸・カフェイン・塩化ナトリウムの水溶液。
→ 用語集のページ
当サイトの甘味のページでも、この違いを標準ごとの設計の差として扱っている。
コーヒーで最も多いアミノ酸は、グルタミン酸である
SOURCE: Ali ほか 2025(Int J Food Sci Technol)[3]うま味の中心にある物質はグルタミン酸である(MSG=グルタミン酸ナトリウムはその塩)。では、コーヒーにどれだけ入っているのか。コロンビア産アラビカを5段階の焙煎度で焼き、遊離アミノ酸15種をHPLCで定量した研究がある。
| 焙煎度 | グルタミン酸 | 遊離アミノ酸の総量 |
|---|---|---|
| 生豆(未焙煎) | 24.85 ± 0.21 | 130.70 ± 0.51 |
| ライト | 16.40 ± 0.17 | 105.90 ± 1.10 |
| ミディアム | 15.42 ± 0.17 | 88.94 ± 1.14 |
| シティ | 11.02 ± 0.04 | 84.63 ± 0.76 |
| フレンチ | 10.11 ± 0.08 | 80.45 ± 0.25 |
| イタリアン | 8.99 ± 0.00 | 75.18 ± 0.64 |
単位は mg/粉100g。n=3の平均±標準偏差。グルタミン酸は、どの焙煎度でも最も多い遊離アミノ酸だった。次いでバリン・リシン・アスパラギン酸が多い。
理由は2つあると論文は説明している——アミノ酸そのものの熱分解と、メイラード反応の材料として消費されることである(→焙煎の化学)。うま味の材料は、香りを作るために使われて減っていくことになる。
なお同じ研究で、クロロゲン酸類はイタリアンローストで90%超減少し、カフェインは全焙煎度で比較的安定だった。これは成分ページ02節の別研究の結果とも同じ向きである。
その量で、うま味として感じられるのか
当サイトによる概算(下記の但し書きを必ず読むこと)ここから先は、一次資料が無い。コーヒーのグルタミン酸濃度と、うま味の知覚しきい値を突き合わせた査読研究を、当サイトは見つけられなかった。そこで、手持ちの数値だけで桁を確かめてみる。
① 粉に含まれるグルタミン酸が全量湯に溶けると仮定している。実際の抽出収率は粉の重量の18〜22%程度なので、本当の濃度はこれより低い。
② MSG(分子量約169)とグルタミン酸(同147)の分子量の差を無視している。
③ 計測されているのは遊離のグルタミン酸だけで、ペプチドに結合した分は含まない。
つまりこれは「上限を甘めに見積もっても、この桁に届かない」という向きの確認である。
SCAの標準抽出比率(湯1,000gに対し粉55g、→抽出のページ)で計算する。
0.10% MSG溶液 1,000 mg/L
16.40 mg/100g × 55g 約 9 mg/L
8.99 mg/100g × 55g 約 4.9 mg/L
⚠️ ただし、参照物質の濃度は「知覚しきい値」ではない。 CVAの参照は評価者に「これがうま味だ」と教えるための基準であって、それ以下では感じないという意味ではない。MSGの認知しきい値そのものを扱った資料を当サイトは確認していないため、この比較から「感じない」と結論することはできない。
している:コーヒーの遊離グルタミン酸の量には実測値があり、それはCVAの参照濃度より2桁小さい。
していない:「だからコーヒーにうま味は無い」とは言っていない。しきい値の資料が無く、ペプチドや他のうま味物質も測っていないためである。
「甘さ」で起きたことが、参考になるかもしれない
SOURCE: Alstrup ほか 2020(Beverages、オープンアクセス)[4]似た構図が、甘さですでに一度起きている。当サイトのデベロップメントタイムのページで扱っている研究の話である。
論文の解釈は、コーヒーの「甘さ」は糖の甘味ではなく、甘い食べ物を思わせる香り(ジアセチルなど)が引き起こしている可能性が高い、というものだった。
つまりコーヒーでは、基本味として感じられているものが、その味の物質ではなく香りに由来していることが、少なくとも甘さについては実測で示されている。うま味でも同じことが起きている可能性はある。
今後追加すべき項目
- コーヒー抽出液のグルタミン酸濃度の直接測定 — 02節の数値は粉のものである。液を測った値が見つかれば、03節の概算は不要になる。最優先。
- うま味の認知しきい値の一次資料 — MSGのしきい値そのものを、査読資料で確認する必要がある。03節の比較はそれが無いために結論を出せていない。
- コーヒー中のペプチド — 遊離アミノ酸だけでなく、ペプチドが味に関わることは食品科学では知られている。コーヒーでの測定を確認できていない。
- イノシン酸・グアニル酸 — うま味の相乗効果の相手。コーヒーでの含有量が未確認(04節)。
- CVAがうま味を採用した経緯 — SCAがなぜ5つ目としてうま味を入れたのか、その根拠となる資料を確認できていない。
- 日本語圏の官能評価語彙での「うま味」 — 日本のコーヒーの現場では「うま味」が日常語として使われているが、日本語話者向けの官能評価語彙を扱った資料での位置づけを確認できていない。
- カネフォラ種での測定 — 02節はアラビカ種のみ。種による差は未確認。
- SCA「Coffee Value Assessment(CVA)」記述的評価 — 基本味5項目とその参照物質。当サイトはCVAのページで原典に基づいて整理しており、本ページの記述はそれを参照している
- World Coffee Research「Sensory Lexicon」Version 2.0 — Taste Basics は甘味・酸味・苦味・塩味の4属性で全部であり、うま味の項目は存在しない。当サイトは用語集で全属性を収録済み
- Ali M, Yousef M, Khalil M, Ruan Z ほか「Modulating bioactive compounds and antioxidant potential in coffee beans: impact of roasting on amino acids, phenolics, proteins, and caffeine」International Journal of Food Science and Technology 60(2):vvaf189(2025年、DOI 10.1093/ijfood/vvaf189、2026年9月3日に本文を確認)— コロンビア産アラビカ、5焙煎度、遊離アミノ酸15種をHPLCで定量(Table 3)。著者名は同論文のAuthor contributions欄から取得した
- Alstrup J, Petersen MA, Larsen FH, Münchow M「The Effect of Roast Development Time Modulations on the Sensory Profile and Chemical Composition of the Coffee Brew as Measured by NMR and DHS-GC–MS」Beverages 6(4):70(2020年、オープンアクセス CC BY、DOI 10.3390/beverages6040070)— 甘さの知覚と糖の非検出。うま味については扱っていない