HACHIMARU COFFEE ROASTERY
焙煎 / Development Time

デベロップメントタイム

1ハゼが始まってから、焙煎を止めるまでの時間のこと。焙煎の現場では長く重視されてきたが、この段階だけを取り出して調べた研究は2020年まで存在しなかった。そして実際に調べてみると、豆の色をまったく同じに揃えても、この時間の違いだけで味は有意に変わった。同時に、業界で広く信じられている効果のうちひとつは確認できなかった

定義
1ハゼ → 焙煎終了まで
色を固定しても
味は有意に変わる
1ハゼまでの時間より
影響が大きい
ボディ
変わらなかった
01

定義と、この言葉の出どころ

SOURCE: Münchow ほか 2020[1]/Alstrup ほか 2020[2]

デベロップメントタイム(development time)は、査読論文では次のように定義されている。

「1ハゼ(first crack)から、焙煎工程の終了までに経過した時間」
1ハゼそのものは「蓄積した水蒸気圧が豆を割り、水蒸気と揮発性化合物を放出する事象」と説明されている。物理的なしくみは1ハゼ・2ハゼのページで扱っている。

研究者がこの段階に注目する理由も明記されている。1ハゼで水蒸気が抜けて豆が乾くため、褐変反応が急激に速くなり、反応が豆の表面から中心へ進んでいく。だから香りの生成速度が最も高くなるのはこの段階だと予想される、という理屈である。

⚠️ 「デベロップメントタイム比(DTR)」という百分率の指標について。
焙煎の現場では、この時間を全体の焙煎時間に対する割合(%)で表す言い方が広く使われている。しかし当ページが引用している2本の査読論文は、いずれも百分率ではなく秒・分の実時間で扱っている。百分率という指標そのものの妥当性を検証した査読資料は、当サイトの調査範囲では見つかっていない。当ページは実時間の数値だけを扱う。
⭐ 「この概念は学術文献では見過ごされてきた」と論文自身が書いている。 2020年の論文は、「著者らの知る限り、デベロップメントタイムのような特定の局面の変化だけを切り出した研究はこれまで存在しない」と述べている。
理由も説明されている——従来の焙煎研究は「y℃でx分」という等温条件で行われることが多く、これは体系的ではあるが、実際の焙煎士の作業(最初は火力を最大近くにし、進行につれて段階的に落としていく)とはかけ離れている。この乖離が、研究成果を現場で使いにくくしていた、という問題意識である。
02

色を同じにして、この時間だけを変えた実験

SOURCE: Alstrup ほか 2020(Beverages 6(4):70、オープンアクセス)[2]

デンマークの研究チームが、1ハゼまでのプロファイルと最終的な焙煎度をそろえ、1ハゼ以降の速さだけを変えた4本を焼いて比較した。豆はコロンビア産のウォッシュド・アラビカ(標高1,200〜1,800m、水分10%、密度880g/L、スクリーン17)、焙煎機はProbat Probatinoの1kgドラム。

焙煎度は Agtron 76 ± 1 に固定されている。 ±1は測色計そのもののばらつきの範囲である。この色に揃えるために、終了温度のほうを1本ずつ変えている——Fastは204.1℃、Mediumは201.2℃、Slowは198.4℃、Bakedは191.1℃。
論文は「焼き上がった豆は、1ハゼ以降の時間が大きく違うにもかかわらず、見た目には同一である」と述べている。

1ハゼは、どの profile でも焙煎開始から約570秒(9分30秒)に起きている。違うのはその先だけである。

Fast 90 秒
Medium 143 秒
Slow 266 秒
Baked 390 秒
1ハゼまで(約570秒・4本とも共通) デベロップメントタイム

「Baked(ベイクド)」は焙煎の欠点のひとつで、1ハゼ後の時間が極端に延び、温度がほとんど上がらない状態を指す。この4本は、その焙煎度で取りうる最速から最遅までの幅を表している。

46人の評価者による官能評価

2017年のNordic Roaster Forum(オスロ)で、経験のあるテイスター46名が記述的官能評価を行っている。フレンチプレスでSCAA基準(湯100mLに粉5.5g、95℃)で抽出し、55℃まで冷ましてから評価。9項目を15点尺度で採点した。

項目結果
酸味(Acidity)Fast が有意に高い
フルーツ・ベリーFast が有意に高い
クリーンカップFast が有意に高い
甘さ(Sweetness)デベロップメントタイムが短いほど高い
渋み(Astringency)Slow・Baked が有意に強い
苦味(Bitterness)Slow・Baked が有意に強い
ナッツ・チョコレートSlow・Baked が有意に強い
ロースト感(Roasted)Slow・Baked が有意に強い
ボディ(Body)有意差なし

ボディ以外のすべての項目で p < 0.001。論文は「変化が微妙で焙煎度も同一であることを考えると、差はかなり大きかった」と述べている。

⚠️ 「ボディはデベロップメントタイムで変わる」は確認できなかった。
論文はこう書いている——「ボディは、スペシャルティコーヒー業界で一般に信じられているのとは違い、デベロップメントタイムによって変化するようには見えない」。この研究はボディの定義と参照物を用意して評価者を較正したうえで、それでも差が出なかった、としている。
ただし著者自身が留保もつけている——ボディという記述語そのものが曖昧で、業界内で個人ごとに理解が違うことが、差の検出を難しくしている可能性は高い、と。

同じ豆で、化学分析も行われている

同じ4本の抽出液をNMRとGC-MSで測った結果が併記されている。

分析Fast(短い)で多いものBaked(長い)で多いもの
NMR
(12化合物を同定)
リンゴ酸・クエン酸・ギ酸などの酸類クロロゲン酸(5-CQA・3-CQA)総濃度が最も低い。酸類は時間とともに一貫して減少
GC-MS
(146ピーク中49に有意差、39を同定)
ヘキサナール・(E)-2-ペンテナール・ベンゼンアセトアルデヒド(青い・リンゴ様・フルーティ・フローラル)、2,3-ブタンジオン(ジアセチル)と2,3-ペンタンジオン(バター様)メイラード由来のピラジン類(2,5-ジメチルピラジン=ロースト・ヘーゼルナッツ様)、ピリジン、フーゼル系アルコール

ピリジンは「ベイクド」という焙煎欠点のマーカーとして先行研究で提案されており、この実験もそれと一致した。ピリジンはトリゴネリンを前駆体とする。

⭐ 「特定の酸だけを際立たせる」ことはできなかった。
焙煎の現場には「プロファイル次第で特定の酸を強調できる」という考え方がある。この実験の結果は、それを支持しなかった——すべての酸が同じ程度に分解されており、酸どうしの構成比はデベロップメントタイムでは変わらなかった。論文は、焙煎時間全体を延ばした場合について同じことを報告した先行研究とも一致する、としている。
⭐⭐ 甘さを感じていたのに、糖は検出されなかった。
官能評価では甘さに有意差が出た。ところがNMRでは単糖がひとつも検出されなかった。検出限界は1 mmol/Lで、糖の味覚認知閾値は一般に20 mmol/L超である。焙煎ではスクロースが最大99%分解されることも先行研究で知られている。
論文の解釈は、コーヒーの「甘さ」は糖の甘味ではなく、甘い食べ物を思わせる香りによって引き起こされている可能性が高いというものである。候補として挙げられているのが、Fast・Mediumで多かったジアセチル(バター・キャラメル・バタースコッチ様)と2,3-ペンタンジオンである。「甘い香り」であって「甘い味」ではない、ということになる。
03

1ハゼまでの時間と、1ハゼ以降の時間。どちらが効くのか

SOURCE: Münchow ほか 2020(Beverages 6(2):29、オープンアクセス)[1]

同じ研究グループが、8つの官能評価研究のデータを統合して、焙煎の2つの局面——1ハゼまでの時間デベロップメントタイム——のどちらが風味に効くかを比べている。6研究は訓練された評価者、2研究はコーヒー professional への短時間の較正後の評価である。

比較結果
色 vs 時間色(焙煎度)のほうが強い予測因子だった。ただし色を一定にしても、時間の違いは味に系統的な影響を与えた
総焙煎時間どの官能項目とも相関しなかった
デベロップメントタイム9項目すべてに有意な効果(うち7項目が p < 0.001)
1ハゼまでの時間9項目中5項目のみに有意な効果(うち p < 0.001 は3項目)
⭐ 「総焙煎時間そのものは、何とも相関しなかった」。 これが最も実務に効く結果かもしれない。論文はこの結果を、「コーヒーが焙煎工程の“濃い茶色の段階”で過ごす時間のほうが、工程全体で過ごす時間より重要である」という主張を支持するものだと述べている。
つまり「何分で焼いたか」だけを記録しても、味の管理にはならない。

向きは、色を濃くしたときと同じだった——デベロップメントタイムが延びると、苦味とロースト感が増え、酸味・フルーティさ・甘さが減る。ただし影響の大きさは色より小さい

⚠️ ここでもボディは動かなかった。 論文は「ボディは、どちらの焙煎局面からもまったく影響を受けなかった」と書き、「これはメイラード反応と質感を結びつける通説に反する」と明記している。
想定されていたしくみは「メラノイジンが増える → 分子量が上がる → 粘度が上がる → 口当たりが厚くなる」というものだが、その裏づけは見つからなかった
しかも今回は否定の確からしさが高い——観測数1,918、10cm尺度で0.5cmの変化を検出できる確率は99%超と報告されている。8研究のうち2本は、口当たりの変化を調べること自体を目的にしていた。
⚠️ 統計的に有意なことと、実際に意味があることは違う。 論文自身がこの区別を明示している。
酸味は、デベロップメントタイム1秒あたり 11×10⁻⁴ cm の低下。デベロップメントタイムを3分とれば、10cm尺度で約2cm下がる——これは実務上はっきり意味のある差である。
いっぽう甘さとボディの傾きはゼロに非常に近く、標本数が非常に大きかったために有意になっただけで、「実務的な意味はそれほどなく、見せかけである可能性が高い」と著者は書いている。
意外だった結果として、後味(アフターテイスト)の強度は焙煎時間が延びるほど減った 苦味は増えているのに、である。コーヒーの後味の多くは重くて水に溶けにくい苦いメラノイジンによると考えられているため、これは予想と逆だった。
著者の推測は「苦味や全体の強度が低いコーヒーのほうが、評価者が後味に気づきやすくなったのではないか」というものである。確定した説明ではない。
04

この結果が当てはまる範囲

SOURCE: 両論文の限界の記述より[1][2]

どちらの論文も、自分たちの結果がどこまで一般化できるかを明記している。当サイトはそれをそのまま載せる。

条件実験で使われた範囲
精製方法すべてウォッシュド。ナチュラルやパルプドナチュラルへの一般化には注意が必要と明記されている
焙煎機Probat(直火ドラム)と Loring(熱風)。他の方式は検証されていない
焙煎度統合解析は Agtron 46〜99(平均79)。02節の実験は Agtron 76 ± 1 の1点のみ
抽出フレンチプレス、提供温度55℃に固定。他の抽出法での再現は未検証
02節はコロンビア産アラビカ1種類のみ
⚠️ Agtron 76 という焙煎度の位置づけ。 02節の実験は、この1点でしか調べていない。論文はこの焙煎度を「コモディティ焙煎では『浅煎り』、スペシャルティ焙煎では『深煎り』とみなされる」と説明している。より浅い/より深い焙煎度で同じ傾向が続くかは、著者自身が「今後の研究課題」としている。
統合解析のほうも、色域46〜99について「スペシャルティの現場では120 Agtronまでの非常に浅い焙煎も珍しくない」と述べ、その範囲は調べられていないとしている。
⚠️ 「速い=良い」という話ではない。 論文は明確に線を引いている——デベロップメントタイムの変化が良いか悪いかは消費者調査の問題であり、焙煎業者が狙う層ごとに答えるべきものである。さらにこの研究は、一般の消費者がこれらの違いを identify できるかどうかについては何の情報も与えない、とも書いている。
なお、02節でフルーティさと酸味が最も高かったFast(90秒)について、論文は「極端に速い焙煎は、豆の表面から中心への焙煎度の勾配が理論上大きくなるため、伝統的には焙煎欠点とみなされてきた」という点にも触れている。
⭐ 著者らが実務向けに出している結論は、はっきりしている。
「焙煎の色だけでは、そのコーヒーの化学的・官能的な性質を十分に示せない。品質管理の工程には、色の測定とデベロップメントタイムの記録の両方を含めるべきである。」
05

今後追加すべき項目

  • 浅煎り・深煎りでの再現 — 両論文とも「今後の課題」としている最大の空白。Agtron 100超の浅煎りや、より深い焙煎度で同じ傾向が出るかは未検証。
  • ナチュラル・アナエロビックでの検証 — 実験はすべてウォッシュドナチュラルで同じかは分かっていない。
  • 「デベロップメントタイム比(DTR)」という指標の検証 — 百分率で管理する方法そのものを検証した査読資料を、当サイトはまだ見つけていない。
  • ボディが何で決まるのか — 焙煎では動かなかったことが2本の論文で示された。では何が決めているのか。当サイト未着手。
  • 後味が焙煎時間で減る理由 — 論文の説明は推測にとどまっている。
  • 日本語圏での「デベロップメント」の用語のばらつき — 「デベロップメント」「発達時間」「ハゼ後時間」など呼び方が定まっていない。7団体の日本語資料での用例を確認できていない。
  • 1ハゼの検知そのものの再現性 — この指標はすべて「1ハゼをいつと判定したか」に依存するが、その判定のばらつきを測った資料を確認できていない。
  1. Münchow M, Alstrup J, Steen I, Giacalone D「Roasting Conditions and Coffee Flavor: A Multi-Study Empirical Investigation」Beverages 6(2):29(2020年5月8日、オープンアクセス CC BY、DOI 10.3390/beverages6020029、2026年9月3日に全文取得)— 8研究の統合解析。色 vs 時間、1ハゼまでの時間 vs デベロップメントタイム。著者の一人はスペシャルティコーヒー協会(SCA)に所属
  2. Alstrup J, Petersen MA, Larsen FH, Münchow M「The Effect of Roast Development Time Modulations on the Sensory Profile and Chemical Composition of the Coffee Brew as Measured by NMR and DHS-GC–MS」Beverages 6(4):70(2020年12月3日、オープンアクセス CC BY、DOI 10.3390/beverages6040070、2026年9月3日に全文取得)— 4プロファイル(90/143/266/390秒)、Agtron 76±1固定、46名の官能評価+NMR+GC-MS
  3. 両論文が土台として引く先行研究 — Baggenstoss J, Poisson L, Kaegi R, Perren R, Escher F「Coffee Roasting and Aroma Formation: Application of Different Time−Temperature Conditions」J. Agric. Food Chem. 56(14):5836–5846(2008年、DOI 10.1021/jf800327j)、および Schenker S ほか「Impact of Roasting Conditions on the Formation of Aroma Compounds in Coffee Beans」J. Food Sci. 67(1):60–66(2002年)。いずれも焙煎全体の時間・温度を扱ったもので、デベロップメントタイムだけを分離したものではない。当サイトはこの2本の全文を取得しておらず、上記2論文の記述を通じて参照している。