HACHIMARU COFFEE ROASTERY
品種ページ / Variety

エチオピア在来種Ethiopian Landrace

袋やカードに「エチオピア原生種」「ヘアルーム」「エアルーム」と書かれているのは、たいていこれのことである。ただしこれは1つの品種の名前ではない。World Coffee Research(WCR)が品種を分類するときに使う遺伝的な区分の名前で、「ティピカ系」「ブルボン系」と同じ列に並ぶ言葉である。エチオピアのコーヒーの多くが、特定の品種名ではなくこの区分のまま流通している。

WCRカタログ
単独エントリなし
WCRでの扱い
遺伝的系統区分の1つEthiopian landrace
該当する品種
アラビカ70品種中 3件
原産地
エチオピア(アラビカ種の原産地)
01

「エチオピア原生種」は、品種名ではない

SOURCE: WCR品種カタログ[1]

WCRの品種カタログは、品種ごとに「遺伝的系統区分(Genetic Description)」という欄を持っている。設問は「この品種はアラビカ種のどの遺伝的グループに属するか」で、答えは次の10択から選ばれる。「エチオピア在来種」はその選択肢のひとつである。

ブルボン・ティピカ群(ティピカ系) ブルボン・ティピカ群(ブルボン系) ブルボン・ティピカ群(ティピカ・ブルボン両系) エチオピア在来種 導入交雑(カティモール系) 導入交雑(サルチモール系) 導入交雑(その他) F1ハイブリッド(導入交雑あり) F1ハイブリッド(導入交雑なし) 不明
つまり、同じ階層にある言葉ではない。ブルボン」「ティピカ」「ゲイシャ」は品種の名前だが、「エチオピア在来種」は品種が属するグループの名前である。カードの品種欄に「エチオピア原生種」と書いてあるとき、それは品種を特定していない——「アラビカ種のうち、エチオピアに昔からある集団から来たもの」までしか言っていない。
同じ構図はカネフォラ種とロブスタにもある。当サイトはそちらでも、種・群・品種の階層を分けて扱っている。
02

70品種を数えたら、該当は3件だけだった

SOURCE: 当サイトによる全件集計(2026年9月2日)[1]

当サイトはWCRのアラビカ品種カタログに収録されている全70品種の個別ページを取得し、遺伝的系統区分の欄を数えた。結果は次のとおりである。

遺伝的系統区分件数
ブルボン・ティピカ群(ブルボン系)12
ブルボン・ティピカ群(ティピカ系)11
導入交雑(カティモール系)11
導入交雑(サルチモール系)11
F1ハイブリッド(導入交雑あり)8
導入交雑(その他)7
エチオピア在来種3
F1ハイブリッド(導入交雑なし)3
ブルボン・ティピカ群(ティピカ・ブルボン両系)3
不明1

3件は AB3ゲイシャ(パナマ)ジャワである。そしてこの3件はいずれも、エチオピアで栽培されている品種ではない。3件とも、エチオピアから種子が持ち出され、別の国で品種として確立したものである。

1 / 3 AB3
エチオピア → インドネシア(ジャワ島)
1928年、クレーマー博士(Dr. P. J. S. Cramer)がエチオピアで直接選抜し、ほか11系統とともにインドネシアへ持ち込んだ。この11系統から7つが AB1〜AB7 として選抜され、主にジャワ島の国営農園で栽培された。正式リリースは1995年。育種機関はインドネシア・コーヒーカカオ研究所(ICCRI)。WCRは「広く商業的に入手できるわけではない」と付記している
2 / 3 ゲイシャ(パナマ)
エチオピア → タンザニア → コスタリカ → パナマ
1930年代にエチオピアのコーヒーの森で採集され、タンザニアのリャムング(Lyamungu)研究所へ。1953年にCATIE(中米)へ持ち込まれ、受入番号 T2722 として記録された。さび病への耐性が認められ、1960年代にCATIE経由でパナマに広まった。当初は枝がもろく農家に好まれず、あまり植えられなかった。2005年、パナマ・ボケテのピーターソン家がBest of Panamaに出品して評価が一変した(→ゲイシャのページ
3 / 3 ジャワ
エチオピア → インドネシア(ジャワ島)→ カメルーン → 中米
19世紀初頭にオランダ人がエチオピアから直接ジャワ島へ持ち込んだ。名前はこの島に由来する。当初はティピカの選抜だと考えられていたが、分子マーカーによる遺伝子解析で、「アビシニア(Abysinia)」と呼ばれるエチオピアの在来集団からの選抜であることが判明した。20世紀半ばにカメルーンへ渡り、CBD(コーヒーベリー病)への部分耐性が見出されて1980〜90年にリリース。1991年にCIRADがコスタリカへ導入した
⭐ エチオピア国内で栽培されている在来種そのものには、WCRカタログに1件もエントリがない。 カタログに載っている「エチオピア在来種」3件は、いずれも持ち出された先で品種として固定され、名前と素性がついたものである。
これは矛盾ではなく、カタログの性格の問題である。WCRのカタログは「農家が植えるものを選ぶための、素性の分かっている品種」を並べた資料であり、産地に自生・自家採種で残っている集団を網羅するものではない。「エチオピア原生種」という表示に品種名がつかないのは、記録が雑だからではなく、そもそも品種として単離されていないからである。
03

では、エチオピアには「品種」がないのか

SOURCE: WCR「Ethiopia」国別ページ[3]

そんなことはない。WCRは国別ページで、エチオピアの育種体制について次のように記している。

研究機関
ジンマ農業研究センター(JARC)。エチオピア農業研究機構(EIAR)の一部
設立
1967年。エチオピアの農家向けにコーヒー研究を統括・実施・普及するために設立された
リリース品種数
42品種(地域ごとに異なる品種をリリースしている)
研究範囲
品質・病害虫・農学・土壌・保全・社会経済
WCRとの関係
2021年、WCRはEIAR・JARCと覚書を締結。JARCはWCRの育種プログラム評価ツール(BPAT)による評価も受けている
⚠️ その42品種の一覧を、当サイトはまだJARC自身の一次資料で確認できていない。 上の「42」はWCRの記述である。エチオピアの産地ページで課題として挙げている品種番号(74110・74112・74140・74148・74158・74165 など)はこの系列にあたるが、その系譜と、どの番号がどの地域向けなのかは未確認のまま残している。
したがって現時点で言えるのは、「エチオピアに名前のついた品種は存在するが、輸出される豆の表示がそこまで降りてこないことが多い」という状況の説明までである。
04

「ヘアルーム(heirloom)」という語について

SOURCE: 当サイトによる全文検索(2026年9月2日)[1][2]

日本でも英語圏でも、エチオピアのコーヒーの品種欄は heirloom(ヘアルーム/エアルーム) と書かれることが非常に多い。もともとは「家に代々伝わるもの」という意味の語で、野菜や果樹の在来品種にも使われる。

⭐ ただし、WCRの資料に "heirloom" という語は1回も出てこない。 当サイトはWCRのアラビカ品種カタログ(全70品種の個別ページ+品種一覧+「History of Arabica」)を取得して全文検索し、"heirloom" の出現は0件であることを確認した(2026年9月2日)。WCRが使っているのは一貫して landrace(在来種) である。
「ヘアルーム」は業界で定着した呼び名だが、一次資料の用語ではない。当サイトはこのページの見出しに「エチオピア在来種」を使い、「原生種」「ヘアルーム」は同じものを指す商習慣上の呼び名として扱う。どれかが間違いという話ではなく、出どころが違うということである。
当サイト自身の用語についても断っておく。 品種一覧ページのグループ名「伝統品種(ティピカ系・ブルボン系)/ Heirloom and Traditional」は当サイトによる整理であって、WCRの区分名ではない。WCRの遺伝的系統区分でいえば、そのグループの中身はブルボン・ティピカ群とエチオピア在来種が混在している。
05

世界の品種は、エチオピアの多様性の「ごく一部」から来ている

SOURCE: WCR「History of Arabica」[2]

WCRは冒頭でこう書いている——「アラビカ種はエチオピア原産であり、この種の遺伝的多様性の大半はそこにある」(原文:Coffea arabica is native of Ethiopia, where the major genetic diversity of the species is found.)。

そして続けて、エチオピア南西部のコーヒーの森からイエメンへ運ばれた種子が、栽培作物としてのコーヒーの出発点になったこと、そして近年の遺伝子検査によって、エチオピアからイエメンへ渡った主な種子がブルボンティピカに関連するものだったと確認されたことを記している。イエメンから、その子孫が世界へ広がった。

ここが「エチオピア原生種」という表示の意味である。 世界中で栽培されているアラビカ種のほとんどは、エチオピアの多様性のうち、ごく一部だけを持ち出した子孫にあたる。エチオピアに残っている在来集団は、その系譜の外側にある。
だから「エチオピア原生種」という表示は、品種を特定していないという意味では情報が少ない。その一方で、「世界の主流の系統とは別枠のところから来た豆である」ということは示している。エチオピアのコーヒーの風味が他の産地と違うと言われることの背景には、この遺伝的な位置関係がある——ただし「だから味がこうなる」という因果を示した資料は、当サイトはまだ確認できていない。
06

今後追加すべき項目

  • JARCがリリースした42品種の一覧 — WCRの記述で件数までは分かったが、品種名・リリース年・対象地域はJARC/EIAR自身の一次資料でなければ書けない。
  • 品種番号(74110・74112・74140・74148・74158・74165 ほか)の系譜エチオピアの産地ページから引き継いでいる課題。番号の由来と、どれが在来集団からの選抜なのかを確認する。
  • エチオピアの在来集団の保全・管理 — 誰がどう維持しているのか。当サイトは未着手。
  • ECX(エチオピア商品取引所)/ECTA の等級制度 — 「G1」「G2」といった表示の根拠。格付け・グレーディングページ側の課題として残している。
  • 「ゲイシャ」という名前の混乱 — WCR自身が「パナマのゲイシャと遺伝的に異なる複数の系統が、いずれもゲイシャと呼ばれている」と注意喚起している。多くはエチオピアに由来を持つ。ゲイシャのページで扱うべき論点。
  • 在来種と品種の間の線引き — どこまでが「集団」で、どこからが「品種」なのか。育種学の一般的な定義に踏み込む必要があり、7団体の資料だけでは足りない可能性がある。
  1. World Coffee Research Variety Catalog(varieties.worldcoffeeresearch.org)— アラビカ品種一覧および収録全70品種の個別ページ。2026年9月2日に当サイトが全件を取得。遺伝的系統区分の集計と "heirloom" の全文検索は当サイトによるもので、WCRが公表している集計ではない
  2. World Coffee Research「History of Arabica」(varieties.worldcoffeeresearch.org/arabica-2/history-of-arabica、2026年9月2日取得)
  3. World Coffee Research「Ethiopia」国別ページ(worldcoffeeresearch.org/countries/ethiopia、2026年9月2日取得)— JARCの設立年・リリース品種数・WCRとの覚書