HACHIMARU COFFEE ROASTERY
精製方法ページ / Processing

コールドアナエロビックCold Anaerobic / 低温嫌気性発酵

収穫したチェリーを密閉容器に入れ、冷やした環境のまま嫌気性発酵させる手法。アナエロビックに「低温」という条件を加えたもの。定義を公表した団体は当サイトが確認した範囲では存在しないが、ACE(Alliance for Coffee Excellence)のオークション公式結果に、精製方法の表記としてはっきり記録が残っている。本ページはその記録と、発酵温度について研究がどこまで分かっているかを整理する。

01

このページの位置づけ

この呼び名は、いまのところ特定の生産者グループのものである。 当サイトが調べた範囲で「Cold Anaerobic」「Natural Anaerobic Low Temperature」という表記が現れるのは、ニカラグア・ホンジュラスで農園を営む Fincas Mierisch が出品したACEのオークションだけだった。業界共通の規格ではない。
ただしこの呼び名はACEという公的団体の結果データに残っており、出所を辿れる。当サイトは「定義が定まっていない」ことと「出所を辿れない」ことを区別しているため(カーボニックマセレーションのページと同じ方針)、定義がない旨を明記した上で、確認できた記録だけを掲載する。
02

ACEの公式結果に残る表記

SOURCE: ACE LOS FAVORITOS 2021 / 2023 公式結果[1][2]

ACEは通常のカップ・オブ・エクセレンスとは別に、特定の生産者に絞った「プライベート・コレクション・オークション(PCA)」を開催している。Los Favoritos はニカラグアのFincas Mierischを対象としたPCAで、その公式結果に低温嫌気性発酵の表記が残っている。

大会順位スコア農園精製方法の表記品種
Los Favoritos 20211位90.30Los PlaceresNatural Anaerobic Low Temperatureエチオサル
Los Favoritos 20214位88.89Las DeliciasNatural Anaerobic Low TemperatureJavanica
Los Favoritos 202111位88.00Mama MinaNatural Anaerobic Low TemperatureJavanica
Los Favoritos 202113位87.82Las DeliciasNatural Anaerobic Low TemperatureYellow Pacamara
Los Favoritos 202311位88.18El LimoncilloCold AnaerobicJavanica
⭐ 2021年と2023年で、ACEの表記そのものが変わっている。 2021年の結果は一貫して Natural Anaerobic Low Temperature(=ナチュラル+嫌気性+低温)と書かれているのに対し、2023年の結果では Cold Anaerobic になっている。同じ生産者グループの出品でありながら表記が揃っていない。用語がまだ固まっていないことが、公式データの側に直接現れている例として記録しておく。日本語の「コールドアナエロビック」はこの後者にあたる。

2021年大会の全体像(ACEの発表による):入賞15ロット、うち11ロットが88点以上、6農園・5つの精製方法。5つの精製方法とは「Honey / Anaerobic Honey / Natural / Natural Anaerobic Low Temperature / Washed」で、低温嫌気性発酵はそのうちの1つとして数えられている。90点台に乗ったのはこの1位ロットだけだった。ACEのグローバル・コーヒー・センターの審査員は、このロットの風味を「赤ぶどう、ブラックベリー、チョコレート、ラム。クリーミーなボディとジューシーな後味」と記述している。

ACEの発表内でFincas Mierischのゼネラルマネージャー Eleane Mierisch 氏は、この手法を「私たちの新しい管理発酵技術のひとつ(one of our new controlled fermentation techniques)」と表現している。生産者側も、確立された精製方法ではなく自分たちの技術として語っている。

03

定義は、どこにもない

SOURCE: 当サイトによる原資料の直接確認(2026年8月)
確認先結果
ICO なし。 最新の「Existing definitions of specialty coffee」FGSC 03/24 Rev.1(2025年10月1日)は精製の例示に anaerobic fermentation を挙げるが、低温条件への言及はない
CQI なし。 Q Processing Level 2 の準備教材(2024年)には anaerobic の語自体が出現しない。同教材は「最も古典的な発酵方法に限る」と明記している
Cup of Excellence なし。 2025・2026年の17大会・精製方法の表記 延べ558件を確認したが、cold / low temperature を含む表記は0件(同じ集計
ACEの他のオークション なし。 Best of Yemen 2025、El Injerto 2024、Santa Felisa 2024、Los Rodriguez Nº2、Super Mujeres、Gems of Yunnan 2025、Legends 2026 を確認したが、いずれも0件。上記のLos Favoritos 2大会にのみ現れる
査読付き論文 なし。 PubMedで「cold anaerobic coffee」「coffee fermentation low temperature」等を検索したが、この手法を扱った論文は確認できなかった
SCA / WCR / AJCA / SCAJ 当サイト未確認。
04

工程として説明されている内容

業界慣用 / 公式資料に典拠なし
業界内の説明であり、公式な定義ではない

以下は、この製法のロットが流通する際の商品説明で共通して述べられている内容である。複数の流通経路で内容が一致しているものの、当サイトが参照する7団体の資料にも、生産者自身が公表している資料にも、当サイトはこの記述の裏付けを確認できていない。当サイトのルール(業界で広く言われているが公式資料に典拠がない情報は、その旨とセットで掲載する)に従って、出所の限界を明示した上で記載する。

容器
収穫したての完熟チェリーを樽に入れ、酸素が入らないよう密閉する。二酸化炭素を逃がすためのエアロック(発酵栓)を付ける
温度
6〜10℃に保たれた冷蔵室に樽を置く
時間
48時間
ねらい
低温で豆の代謝を遅らせることで発酵をゆっくり進める。過発酵のリスクを下げ、発酵時間を長く取れるようにする
その後の工程
発酵後にナチュラルとして乾燥させたものが「コールドアナエロビックナチュラル」。ナチュラルのほかハニー等と組み合わせた表記も見られる
「アナエロビックに低温を足したもの」という理解でよい。 アナエロビックが酸素の遮断という条件を指すのに対し、コールドアナエロビックはそこに温度という2つ目の条件を重ねている。カーボニックマセレーションのようにCO₂を注入するのではなく、発生したCO₂を逃がしながら、冷やして発酵の速度そのものを落とすという組み立てになる。ただしこの3者を区別する公的な定義は存在しない。
05

温度について、研究はどこまで来ているか

SOURCE: 査読付き論文[3][4]

「コールドアナエロビック」そのものを扱った論文は見つからなかったが、嫌気性発酵の温度を変えて比較した研究は存在する。ただしそこで設定されている温度は、流通段階で説明されている6〜10℃よりかなり高い。

6〜10°C
流通説明で言われる温度帯
(典拠未確認)
18°C
研究で試された最低温度
[4]
28°C
中間条件
[4]
38°C
最高スコアが出た条件
[3]

当サイトが確認できた発酵温度の研究条件と、流通説明で言われている温度帯の位置関係。研究側の下限は18℃で、6〜10℃を扱った研究は確認できていない。4つの目盛りは等間隔に並べた概念図であり、線形の温度軸ではない。

Entringer et al.(2024, 3 Biotech)[4]はアラビカ種の果実を 18・28・38℃/24〜120時間の条件で嫌気発酵させ、真菌群集の変化を調べている。真菌群集は時間とともに変化し、18℃と28℃では72時間以降に大きな変化が現れた一方、38℃では変動がより大きく、多様性は120時間後に最も高くなった。同論文は「低い温度のほうが微生物環境は安定しやすく、高い温度ではより激しい変化が起きる可能性がある」と結論している。

Brioschi Junior et al.(2021, Food Chemistry)[3]は嫌気条件下で発酵時間と温度を変えて比較し、発酵時間96時間・温度38℃で総合スコアとの間に有意な関係が見られたと報告している。

この2本から言えないこと

いずれの論文もカーボニックマセレーションの条件下での実験であり、コールドアナエロビックを対象にしたものではない。また高温側で高スコアが出たという報告は、低温が良いことの否定にも肯定にもならない(試された条件の範囲が違う)。当サイトは「低温にすると美味しくなる」といった因果の記述はしない。研究として分かっているのは、温度が微生物群集の動き方を変えるということまでである。

06

3つの「嫌気性」の整理

呼び名加える条件CO₂の扱い公的な定義
アナエロビック酸素を遮断する特に規定なしなし(ICOは語としては言及)
カーボニックマセレーション脱気してCO₂を注入する外から入れるなし(査読論文に記述あり)
コールドアナエロビック酸素を遮断し、さらに低温に保つ発生分を逃がす(エアロック)なし(ACEの結果表記のみ)

この3つはいずれも「精製方法」そのものではなく、精製方法の発酵段階に加える条件である。だから「コールドアナエロビックナチュラル」のように、ウォッシュド/ナチュラル/ハニーのどれと組み合わせたかが後ろに付く。精製方法とはのページも参照。

07

今後追加すべき項目

  1. Alliance for Coffee Excellence「Los Favoritos Winner Shines Light on Lesser-Known Variety」(2021年4月16日付発表)および Los Favoritos 2021 公式結果表
  2. Alliance for Coffee Excellence「Los Favoritos PCA 2023」公式結果表
  3. D Brioschi Junior, et al.「Microbial fermentation affects sensorial, chemical, and microbial profile of coffee under carbonic maceration」Food Chemistry, 342 (2021) 128296(要旨のみ確認)
  4. T L Entringer, et al.「Genetic diversity of the fungal community that contributes to the sensory quality of coffee beverage after carbonic maceration and fermentation」3 Biotech, 14:272 (2024)(要旨のみ確認)
  5. 工程の温度・時間・容器についての記述は、流通段階の商品説明で共通して述べられている内容による。公式資料での裏付けは当サイト未確認(セクション04の注記のとおり)