01
「モカ」の4つの意味
Trade name
① 銘柄名としてのモカ
日本の公正競争規約 別表2は、
「モカハラー」=エチオピア・ハラー地区産、「モカマタリ」=イエメン産として、2つに分けて定義している。
1つの名前が2つの国にまたがっているのが特徴。→
02
出典:公正競争規約施行規則 別表2
Port
② 港の名前としてのモカ
全日本コーヒー協会の年表は
1639年、オランダの商人が「モカ港」から商業目的で初めてコーヒーを輸入したと記録している。ヨーロッパにコーヒーが渡った最初期の積み出し港の名前である。→
03
出典:AJCA コーヒーの歴史年表
Grade
③ ブラジルの等級名「Moca」
ブラジル農務省の公式規制では、
Moca=ピーベリー(丸豆)を指す等級名。エチオピアともイエメンとも関係がなく、
豆の形の分類である。同じ綴りの別語。→
04
出典:MAPA Instrução Normativa No.8/2003
Beverage
④ 飲み物としてのカフェモカ
チョコレート風味のコーヒー飲料の名前。AJCAはこれを「モカ・ジャバ(カフェ・モカ)」として紹介している。
豆の銘柄としてのモカを使っているとは限らない。→
05
出典:AJCA
02
銘柄名としてのモカ:2つの国に分かれている
SOURCE: 公正競争規約施行規則 別表2
日本では、コーヒーの銘柄名の一部が公的に認定された表示ルールで定義されている。そこに「モカ」は単独では載っておらず、2つの複合名で載っている。
| 銘柄名 | 別表2の定義(原文) | 国 |
| モカハラー | エチオピア・ハラー地区にて生産されたアラビカコーヒー豆をいう。 | エチオピア |
| モカマタリ | イエメンにて生産されたアラビカコーヒー豆をいう。 | イエメン |
⭐ 定義の広さが左右で違う。 モカハラーは「エチオピアのハラー地区」という地区限定だが、モカマタリは「イエメンにて生産された」——つまりイエメン全体である。「マタリ」はイエメンの地名として知られるが、規約の定義に地区の限定はない。同じ「モカ○○」でも、片方は地区名、片方は事実上の国名として機能している。
⭐ 「モカ」単独は別表2に定義がない。にもかかわらず規則の別の箇所には登場する。 施行規則の別表3(製法上の特性表示)は、炭火焙煎の冠表示の例として「モカ炭焼ブレンド」「炭焼モカブレンド」を挙げ、これらを「特定の銘柄として『モカ』」と呼んでいる。つまり規則の中で「モカ」は特定銘柄として扱われているのに、その範囲を定めた別表2には「モカ」の項目がない。この食い違いについて規約は説明していない——当サイトとしては、「モカ」単独の指す範囲は規約からは確定できないと整理しておく。
名乗り方の条件は銘柄名ページの04のとおり。「モカ」とだけ表示するなら100%、「モカブレンド」なら30%以上で名乗れる。「モカブレンド」を買った場合、中身の最大70%はモカ以外のコーヒーであり得る——これは規約が許している正規の表示であって、不当表示ではない。
03
港の名前としてのモカ
SOURCE: AJCA コーヒーの歴史年表
Primary source quote
1639年 商業目的でオランダの商人ヴルフバインが、はじめてモカ港よりコーヒーを輸入。アムステルダムで売り出す
全日本コーヒー協会(AJCA)「コーヒーの歴史」年表より。同じ年表の前後には、1635年の出島築造、1639年の鎖国完成、1641年のベネチア初のコーヒーハウス開店などが並んでおり、コーヒーがヨーロッパの商品になっていく時期にあたる。
ここから先は、今回の資料では確認できていない。 「モカ港はイエメンにあり、エチオピア産のコーヒーもこの港から積み出されたため、両国のコーヒーが同じ『モカ』の名で呼ばれるようになった」——という説明は広く語られており、別表2でモカハラー(エチオピア)とモカマタリ(イエメン)が同じ「モカ」を冠していることとも整合する。ただしAJCAの年表は「モカ港より輸入」と記すのみで、エチオピア産との結びつきの経緯までは書かれていない。当サイトはここを推測で埋めず、未確認として扱う。
イエメンは、栽培の歴史としても当サイトに登場する。 ブルボン種の名前の由来は、
フランス人宣教師がイエメンからブルボン島(現・レユニオン島)へ1700年代初頭に持ち込んだことにある。世界に広まったアラビカ種の主要系統の出発点が、モカマタリと同じ国だったということになる。
04
ブラジルの「Moca」はまったく別の意味
SOURCE: ブラジル農務省 MAPA Instrução Normativa No.8/2003
当サイトの格付けページで扱っているとおり、ブラジル政府(農務省 MAPA)の公式規制は、豆の形とサイズによる等級体系を定めている。そこに「Moca」という等級名が出てくるが、これはエチオピアともイエメンとも無関係で、ピーベリー(1つの実に1粒だけ入っている丸い豆)を意味する。
| ブラジルの等級名 | 意味 | スクリーンサイズ |
| Chato graúdo / médio / miúdo | Chato=平豆(通常の2粒) | 17〜19/15・16/14以下 |
| Moca graúdo | Moca=ピーベリー(丸豆) | 11・12・13 |
| Moca médio | 10 |
| Moca miúdo(moquinha) | 9以下 |
「ブラジルのモカ」という言い方が成立してしまう。 ブラジル産のピーベリーは、ブラジルの公的等級では正しく「Moca」である。一方、日本の別表2の銘柄名としての「モカ」はエチオピアとイエメンを指す。同じ音の言葉が、国をまたぐと別の制度の用語になる——格付けと銘柄名を切り分けて考えるべき理由が、ここに端的に表れている。
05
飲み物の「カフェモカ」
SOURCE: AJCA「世界中で愛されてきたコーヒーメニュー」
カフェのメニューにある「カフェモカ」は、豆の銘柄ではなく飲み方の名前である。AJCAはこれを「モカ・ジャバ(カフェ・モカ)」として紹介し、「カカオ豆の産地であるジャワにちなんで名付けられた、甘くてコクのあるコーヒー」と説明している(材料はコーヒー・ミルクのほかチョコレートシロップ等)。
「カフェモカを頼んだのに、モカの豆ではなかった」は誤りではない。 カフェモカはチョコレート風味の飲み方を指す名前であり、使用する豆が別表2の銘柄名としてのモカである必要はない。お客さまからの質問で①と④が混ざることは多いので、当サイトでは別のものとして扱う。
06
「モカが一番いい」は正しいのか
当サイトは中立の資料集なので、順位を決める立場にはない。ただし一次資料から言えることと、言えないことははっきりしている。
| 問い | 一次資料から言えること |
| モカは品質の上位等級か | いいえ。 別表2の定義は産地の範囲を定めているだけで、品質・等級には一切触れていない。同じ表にある「コロンビアスプレモ」のように輸出等級を根拠にした銘柄名もあるが、モカハラー・モカマタリはどちらも地区名・国名による定義である。 |
| 「モカ」と言えば中身が決まるか | 決まらない。 エチオピア産(モカハラー)とイエメン産(モカマタリ)は別の国の別のコーヒーであり、さらに「モカ」単独の範囲は規約から確定できない(→02)。 |
| 「モカブレンド」ならモカの味か | 30%以上であることしか保証されない。 残りが何かは原材料名欄の生豆生産国名で確認できる(多い順に表示される)。 |
| では品質は何で決まるのか | 個々のロットの評価で決まる。 国際的にはSCAのCVAという評価体系があり(→CVAとは)、品評会としてはカップ・オブ・エクセレンスがある(→COEとは)。エチオピアも2024年にCOEを開催しており、その結果はエチオピアの産地ページに掲載している。評価されるのは銘柄名ではなく、その年・その農園・そのロットである。 |
| 「モカが好き」は間違いか | まったく間違いではない。 好みの表明は品質評価とは別の話である。AJCAもエチオピアのコーヒーの特徴を「小粒ながら強い酸味とコクを兼ね備え、フルーティな香りが味に良いアクセントを添える」と紹介している。その香味が好きだ、という意味での「モカが一番」は、資料と矛盾しない。 |
当サイトの立場。 銘柄名は、そのコーヒーが
どこから来たかを伝えるための言葉である。どれがおいしいかは、
カッピングという手順で1つずつ確かめるしかない。
「モカ=上等」という順位づけを裏づける一次資料は、今回参照した範囲には存在しなかった——これが、このページで確認できたことのすべてである。
07
今後追加すべき項目
- イエメンの産地ページ — 2026年8月16日に公開した。FAO・IFCの2023年報告書とICO文書をもとに、生産量・品種・流通・品質管理の現状を掲載している。
- エチオピア・ハラー地区の詳細 — エチオピアページ側でも「主要産地(シダマ・イルガチェフェ・グジ・ハラー等)ごとの特徴」は未着手のまま。
- モカ港とエチオピア産コーヒーの結びつき — 上記03のとおり依然として未確認。ただし「モカ」という呼び名が紅海に面したイエメンの港湾都市アル・マハ(Al-Makha)に由来すること自体は、ICOの公式文書(ICC 105-14、2010年)で確認できた(→イエメン 06)。エチオピア産がなぜ同じ名で呼ばれるのかは、その文書にも書かれていない。なお「コーヒーはエチオピアからイエメンへ渡り、商業化したのはイエメンが最初」という経緯はSCAの解説で確認できたため、コーヒーの「種」とは 02に掲載した——ただしそこでもモカ港そのものへの言及はない。
- 「モカ」単独の範囲 — 別表2に項目がなく、別表3では特定銘柄として扱われている食い違いについて、公正取引協議会側の解説資料があるか要調査。
- 過去の輸入停止の経緯 — エチオピア産コーヒーの残留農薬をめぐる輸入上の問題が過去にあったと言われるが、厚生労働省等の一次資料をまだ確認していない。
- 全日本コーヒー公正取引協議会「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約 及び 同施行規則」(平成30年5月21日 公正取引委員会・消費者庁認定、告示第6号)— 別表2「産地、品種、銘柄の区分及び範囲の例示」7)モカハラー・8)モカマタリ、施行規則 第3条(1)、別表3 Ⅱ-3(製法上の特性の冠表示)
- 全日本コーヒー協会(AJCA)「コーヒーの歴史」年表 — 1639年 モカ港からの輸入
- 全日本コーヒー協会(AJCA)「コーヒーの生産地」— エチオピアの記述
- 全日本コーヒー協会(AJCA)「世界中で愛されてきたコーヒーメニュー」— モカ・ジャバ(カフェ・モカ)
- ブラジル農務省(MAPA)Instrução Normativa No.8/2003 — Chato/Moca の等級体系。当サイトの格付けページでICO資料経由により確認したもの