HACHIMARU COFFEE ROASTERY
産地ページ / Origin

イエメンYemen

コーヒーの木はエチオピアからイエメンへ渡り、作物として商業化されたのはイエメンが最初だった。「アラビカ」という種名も、ここがアラビア半島の南端にあることに由来する。日本の表示ルールが「モカマタリ」をイエメン産アラビカと定義しているのも、その歴史の延長線上にある。ただし現在のイエメンは、世界のコーヒー貿易のおよそ0.02%を占めるにすぎない——歴史上の重みと現在の規模が、これほど食い違う産地は他にない。

エチオピア ケニア ウガンダ サウジアラビア スーダン イラン エジプト ソマリア イエメン
イエメンの位置。小さな世界地図の枠は、この地図が世界のどこを切り取っているかを示す。地図データ:Natural Earth(パブリックドメイン)
年間生産量
20,810トン(2019年・MAI)
栽培面積
約34,980ha(耕地の2.4%)
平均単収
約570kg/ha(世界最低水準)
世界のコーヒー貿易比
約0.02%
⭐ このページの出典は、他の産地ページと違う。 当サイトの産地ページは原則として World Coffee Research(WCR)の国別ページを土台にしているが、WCRにはイエメンの国別ページが存在しない(2026年8月確認。worldcoffeeresearch.org/countries/yemen は404)。そこで本ページは、国連食糧農業機関(FAO)と国際金融公社(IFC)が2023年に共同で刊行した報告書『Coffee value chain in Yemen』を主たる一次資料とし、国際コーヒー機関(ICO)の公式文書日本の公正競争規約で補っている。FAOは当サイトが収穫格付け脱穀の各ページで既に引用している機関であり、産地固有の公的資料が得られない場合の代替出典として扱う——この差し替えはページ上で明示する、という当サイトの方針に沿ったものである。
01

基本情報

SOURCE: FAO & IFC (2023)
国名
イエメン共和国(Republic of Yemen)
コーヒーベルトとの関係
「イエメンは世界のコーヒーベルトの内側に位置する」と報告書は明記している(→コーヒーができるまでのコーヒーベルト図)
栽培地域
15の県(governorate)で栽培。山地と谷あいが中心で、一般に段々畑(テラス)で栽培される。生産は北部、とくにサナア・サアダ・アムランに集中している
栽培面積
耕地1,452,438haのうち約34,980ha(2.4%)(農業灌漑省 MAI 農業統計情報総局)
生産量
20,810トン(2019年、MAI)
単収
典型的なコーヒー農園で約570kg/ha。報告書は「世界の他の生産国と比べて最も低い水準のひとつ」とし、その理由をイエメンの乾燥した気候と、アラビカ種が年1回しか収穫できないこと(ロブスタは年複数回収穫できる)に求めている
栽培種
アラビカ種が支配的。→02
国章
2010年のICO理事会でイエメン農業副大臣は「イエメン政府は国の公式紋章にコーヒーの木を入れている。コーヒーの木を公式紋章に入れている国は我が国だけだと思う」と述べている(ICO文書)
「乾燥した気候で、日陰樹なしの直射日光下」。 報告書は、イエメンで栽培される品種について「やや乾燥した気候のもと、フルサン(full sun=日陰樹を使わない直射日光下)で育つため、深いチョコレートのトーンに寄る傾向がある。一方でナチュラル精製が、通常このコーヒーには見られない厚みとニュアンスを与える、ダイナミックなワイニーの性格をもたらす」と記述している。これは報告書の記述であって、カッピングの数値評価ではない点に注意(→ワイニーダークチョコレート)。日陰栽培との対比はシェード栽培のページを参照。
02

品種:ティピカとブルボン、そして「イエメンにしかない」系統

SOURCE: FAO & IFC (2023)

報告書は、イエメンで植えられている品種を「ティピカとブルボンの2品種」と記している。これは当サイトのティピカブルボンのページで扱ってきた、世界に広まったアラビカ2大系統そのものである。

⭐ しかし報告書は、その先にもう一段深い話を書いている。 遺伝資源と作物進化の研究にもとづくと、エチオピアからイエメンにコーヒーの種子が持ち込まれたのち、すべての Coffea arabica L. の品種がイエメンの乾燥気候に適応するかたちで進化したとされる。そしてイエメンのコーヒー品種には3つの主要な遺伝的クラスターがあると報告書は述べている。
遺伝的クラスター報告書の記述
Yemen Typica Bourbonティピカ/ブルボンの系統群。世界に広まったアラビカの主要系統に対応する。
Yemen SL-34SL-34の名を冠したクラスター。SL-34はケニアで選抜された品種として知られる(→ケニア)。
New-Yemenイエメンにしか見つかっていないクラスター。
ここは、当サイトとしては慎重に扱う。 上記はFAO・IFC報告書が「遺伝資源と作物進化の研究にもとづく」として要約した内容であり、報告書は元になった研究の書誌情報をこの箇所に明示していない。したがって当サイトはこれを「FAO報告書が述べていること」として引用するにとどめ、遺伝学上の確定事実としては扱わない。品種のページで扱っているWCRの品種カタログにも、この3クラスターの区分は現時点で登場しない。
そして報告書自身が、より強い留保を書いている。 品質管理の章には「現在に至るまで、イエメンのコーヒー品種の特性とそのフィンガープリント(遺伝的指紋)に関する科学的な研究は存在しない」という一文がある。その結果、イエメン産と他国産のコーヒーが混ざってしまい、ごく限られた熟練の専門家以外には区別できないとも書かれている。3クラスターの話と、この「研究が存在しない」という記述は、同じ報告書の中に並んで載っている——当サイトは両方をそのまま並べて掲載する。
03

生産と輸出:ピークからの減少

SOURCE: FAO & IFC (2023)
項目報告書の記述
生産の推移過去数十年、イエメンのコーヒー生産は変動が大きい。2004〜2008年にピークを迎えたあと減少。2012〜2014年に一時的に回復したが、完全には戻っていない。2000年代初頭以降、生産量・収穫面積・単収はいずれも横ばい(plateaued)。
輸出量の推移2000年 44,000トン → 2005年 75,000トンと増加したが、2014年以降は急減し、2019年には36,000トンまで落ち込んだ。
世界貿易に占める割合かつては重要な輸出国だったが、現在は最も小さい部類で、世界のコーヒー貿易のおよそ0.02%にすぎない。
輸出額2019年、コーヒー豆製品で約2,020万米ドル(前年比+約11%)。
主な輸出先サウジアラビア・アメリカ合衆国・EU。サウジアラビアが最大で、全コーヒー輸出の約63%・約1,260万米ドル(2019年)を占める。
国内向けの割合生産の約60%が輸出向け約40%が国内市場向け(コマーシャル/スペシャルティ/キシュルの3製品の合計として)。
⭐ 輸出が減ったのは、作れなくなったからではない。 報告書は「イエメンの生産量は近年は減っていないが、輸出は2014年以降に急落した」と、生産と輸出を切り分けて書いている。理由として挙げられているのは、①量が少なすぎてコンテナ1本を高品質豆で満たすのが難しいこと②ブランディングとマーケティングの不在により、イエメン産の品質と味が正当に評価されていないこと——そして2015年に始まった紛争である。
数字の出どころに注意。 上記の生産量・面積・単収は、報告書がイエメン農業灌漑省(MAI)の農業統計情報総局FAOSTATを出典として示しているものである。紛争によって国が2つの統治機構に分かれている状況(報告書の記述)で集計された統計であることは、読む側が意識しておくべき点として報告書自身が繰り返し述べている。
04

農家の姿:平均0.3ha、コーヒーの木394本

SOURCE: FAO & IFC (2023)

イエメンのコーヒーは小規模農家によって支えられていると報告書は述べる。その規模は、他の産地ページで見てきた数字と比べても際立って小さい。

平均的な農地面積
約0.3haコーヒーの木およそ394本
1農家あたりの平均生産量
年間約114kg
自家消費
生産の約5%を農家が手元に残す。そのうち半分がキシュル(Qishr)半分が生豆として消費される
販売のかたち
残りは協同組合・集荷業者・仲買人へ、ほとんどが「乾燥チェリー(dried cherry)」の状態で売られる。乾燥チェリーのまま直接輸出されることはない
スペシャルティの場合
赤いチェリーのまま「生産会社(producing companies)」へ直行し、選別と脱穀を経て、スペシャルティ生豆(輸出向け)・コマーシャル生豆(国内向け、要望に応じて輸出)・キシュル/カスカラ(国内およびアラブ諸国向け)の3つに仕分けられる
協同組合
名目上100以上あるが活動しているのはごく一部。活発なものは北部に多い(MAI, 2022)。2015年の紛争前は業界の推進力だったが、通貨下落・インフレ・物理的損壊により財源が枯渇した
乾燥は「家の屋根の上」で行われている。 報告書はイエメンのバリューチェーンの精製工程を、「農家または生産会社が、コーヒー農家の家の屋根の上、あるいは乾燥センターでコーヒー豆を乾かす」と記述している。乾燥棚(drying beds)や乾燥センターは、農家ではなく生産会社が所有・管理しているのが一般的で、スペシャルティ部門の農家がこれらの会社に強く依存する構造になっている、とも書かれている。乾燥という工程そのものについては乾燥のページを参照。
「キシュル(Qishr)」はコーヒーの実の外側を使う飲み物である。 報告書は Qishr をコーヒー豆・キシュルという別々の輸出品目として集計しており、2019年には約1,200トン・250万米ドルが輸出され、うち220万米ドルがサウジアラビア向けだったとしている。報告書中では「Qishr or cascara」と併記されており、脱穀のページで扱っているカスカラ(乾燥した果肉部分)と同じものを指している。コーヒーが「豆だけの作物ではない」ことが、統計の項目そのものに表れている産地である。
05

品質基準が「存在しない」という状態

SOURCE: FAO & IFC (2023)

当サイトの格付けページでは、各国の公的な等級区分を扱ってきた。イエメンについては、その「等級区分が無い」ことこそが報告書の記述である。

Primary source
規格計量庁(SMA)は、コーヒー品質の基準、イエメンの品種の記述、豆の分類を定める責任を負う政府機関である。しかし同庁は、イエメンのコーヒー豆とその品種について、成文化された基準も分類も持っていない。
FAO & IFC『Coffee value chain in Yemen』(2023)より要約。同じ箇所には「品質を高めるための試験・認証ラボや品種改良の研究センターは、イエメンには事実上存在しない」とも記されている。
論点報告書の記述
誰が基準を作っているか公的基準が無いなか、民間が肩代わりしている。報告書は「イエメンのスペシャルティコーヒー協会(SCA of Yemen)」がスペシャルティ向けの基準を設定し、第三者品質検証と試験を提供していると記す。コマーシャルコーヒーの基準と分類は、バリューチェーンのどのプレーヤーによっても手つかずのままである。
第三者検査サナアに拠点を置く民間企業Mocha Valleyが、公私を通じて唯一、第三者品質管理・保証を提供している。カッピング・物理試験・化学試験など国際的に要求される検査の大半を実施できるとされる。
国外でのカッピング国外の専門家によるカッピングに頼る場合、多くは輸入者や取引先自身が行っており、品質評価に利害相反が生じうると報告書は指摘する。買い手が評価者を兼ねることで、価格が人為的に低く抑えられる可能性があるとも書かれている。
国境検査輸出では通常、人の食用に適し、放射能や特定の化学汚染がなく、適切に収穫されたことを証明する健康証明書を取得する。他国ではこれを政府ラボや国境検査所(BIP)が発行するが、イエメンの陸・海の国境には、そうした検査所がまったく存在しない
⭐ この節を、当サイトが載せる理由。 「基準がない」ことは、その国のコーヒーの品質が低いという意味ではない。品質を客観的に示す仕組みが整っていないため、良いものが良いと認められにくい——報告書が一貫して述べているのはこの構造である。格付けやカッピングといった仕組みが「なぜ必要なのか」を、無い側から見せてくれる産地として掲載した。仕組みの側は格付けカッピングCVAの各ページを参照。
06

日本での呼び名:「モカマタリ」

SOURCE: 公正競争規約施行規則 別表2

日本でイエメン産のコーヒーは、多くの場合「モカマタリ」という銘柄名で流通している。この名前は公正取引委員会・消費者庁が認定した公正競争規約の別表2で定義されている

銘柄名別表2の定義(原文)
モカマタリイエメンにて生産されたアラビカコーヒー豆をいう。
(参考)モカハラーエチオピア・ハラー地区にて生産されたアラビカコーヒー豆をいう。→エチオピア
定義は「イエメン全体」であって、地区の限定がない。 「マタリ」はイエメンの地名として知られるが、別表2の定義文に地区の限定は書かれていない。したがって規約上は、イエメンのどの県で穫れたアラビカでも「モカマタリ」を名乗りうる。一方でモカハラーは「ハラー地区」という地区限定である——同じ「モカ○○」でも、片方は地区名、片方は事実上の国名として機能している。詳しくはモカのページを参照。
「モカ港」の名もイエメンに由来する——これはICOの公式文書に書かれている。 2010年のICO理事会でイエメン農業副大臣は、イエメン独特の香味が、紅海に面した港湾都市アル・マハ(Al-Makha)の名にちなんで「モカコーヒー」として知られていること、その街からイエメンのモカコーヒーがヨーロッパとアメリカ大陸へ輸出されたことを述べている。当サイトのモカのページでは「モカ港とエチオピア産の結びつき」を未確認としてきたが、そのうち「モカ港の名がイエメンの都市名に由来する」部分は、このICO文書で確認できた。ただしエチオピア産のコーヒーがなぜ同じ名で呼ばれるようになったかは、この文書にも書かれていないため、引き続き未確認とする。
名乗り方の条件。 規約では「モカマタリ」とだけ表示するならその銘柄100%、「モカマタリブレンド」なら30%以上で名乗れる。→銘柄名のページパッケージの表示ルール
07

ICOへの加盟は2010年

SOURCE: ICO文書 ICC 105-14

コーヒーの歴史の出発点でありながら、イエメンが国際コーヒー機関(ICO)に加盟したのは2010年である。当サイトが市場・統計コンテキスト産地ランキングで使っているICO統計に、イエメンが加盟国として登場するのはそれ以降ということになる。

Primary source quote
2007年国際コーヒー協定の批准、およびイエメン共和国の国際コーヒー機関への加盟受諾を受け、国際コーヒー理事会および国際コーヒー機関の会合に初めて出席できることを、イエメン共和国の代表として喜ばしく思う。
ICO文書 ICC 105-14(2010年9月22日)— 第105回国際コーヒー理事会(2010年9月21〜23日、ロンドン)におけるイエメン共和国農業副大臣の発言より要約。同じ発言のなかで、「イエメンは長いコーヒー生産と交易の歴史を持ち、よく知られたコーヒー・アラビカの源である」とも述べられている。
これは「一国の主張」であって、第三者の検証ではない。 ICC 105-14はICOが公式に発行・保管している文書だが、その内容はイエメン政府代表による声明である。当サイトはこれを「ICOの公式記録に残るイエメン政府の発言」として引用しており、たとえば「アラビカ種の源はイエメンである」という部分は、コーヒーの「種」とはで扱ったSCAの記述(コーヒー自体はエチオピアからイエメンへ持ち込まれ、商業化したのがイエメンだった)と合わせて読む必要がある。栽培植物としての起源地はエチオピアというのが、当サイトが他の資料から確認している内容である。
08

紛争下の産地であること

SOURCE: FAO & IFC (2023)

当サイトは中立の資料集であり、政治的な立場を取らない。ただしイエメンのコーヒーの現状を説明するには、報告書が繰り返し述べている前提に触れないわけにいかない。

統治の分断
2015年に始まった紛争により国が2つの当事者・2つの政府に分かれ、バリューチェーンの関係者は2つの政府・2つの税制と、しばしば矛盾する規制・政策に対応せざるを得ない
所管の分散
コーヒー生産は農業灌漑省(MAI)、取引と輸出は工業商業省(MIT)と所管が分かれ、官僚機構が複雑化している
コストの上昇
輸送条件の悪化により、国内市場・集散地・輸出市場へコーヒーを運ぶこと自体がより高リスク・高コストになった
農家の離脱
現地通貨の下落とインフレにより農家の手取りが実質的に伸びず、コーヒーをやめて主食作物や他の換金作物へ移る農家が増えている
資金調達
公的な農業金融(CACバンク、AFPPF基金)は紛争と経済危機により機能が停止・縮小し、コーヒー部門への融資はほぼ存在しない
国内消費の逆説
国内市場で流通するコーヒーの多くは輸入品である。イエメン産は平均的な消費者の購買力を超える価格であり、輸入品の方が安いため——と報告書は記す
報告書の目的は「投資の入口を示すこと」である。 FAOとIFCによるこの報告書は、Hand-in-Hand Initiative の一環として輸出志向のバリューチェーンの成長可能性と投資機会を分析したものであり、課題を列挙する文脈が最初から組み込まれている。当サイトはその点を踏まえたうえで、数値と制度に関する記述を中心に引用し、見通しや提言の部分は採らない方針を取った。
09

今後追加すべき項目

  1. FAO and IFC. 2023. Coffee value chain in Yemen: export potential and investment opportunities. Rome, Italy.(著者:Hadi Fathallah, Arzaq Al-Najjar, Jozimo Santos Rocha。Hand-in-Hand Initiative の Investment Oriented Diagnostics シリーズ、全76ページ。2026年8月16日取得)
  2. International Coffee Organization「Statement by the Deputy Minister for Agriculture of the Republic of Yemen to the International Coffee Council on 21 September 2010」ICC 105-14(2010年9月22日、第105回国際コーヒー理事会・ロンドン。2026年8月16日取得)
  3. 全日本コーヒー公正取引協議会「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約 及び 同施行規則」(平成30年5月21日 公正取引委員会・消費者庁認定)— 別表2「産地、品種、銘柄の区分及び範囲の例示」8)モカマタリ
  4. World Coffee Research 国別ページ — イエメンのページは存在しないことを2026年8月16日に確認(worldcoffeeresearch.org/countries/yemen および /es/countries/yemen はいずれも404)