01
基本情報
SOURCE: WCR VARIETY CATALOG「Villa Sarchi」History ほか
- 名称
- ティモール・ハイブリッドTimor Hybrid。スペイン語・ポルトガル語圏ではイブリド・デ・ティモールHíbrido de Timorと呼ばれ、略称はHDT。当サイトでは日本のコーヒー業界で通りのよい「ティモール・ハイブリッド」を主表記とする
- 成り立ち
- アラビカ種(Coffea arabica)とロブスタ種(Coffea canephora)の自然交配種。1920年代に東ティモール島で自然発生した
- 最大の特徴
- ロブスタ由来の遺伝子がコーヒーさび病(CLR)への耐性をもたらしている
- 育種上の役割
- それ自体が広く栽培される品種ではなく、耐病性を他の品種へ持ち込むための「親」として使われてきた
- 主な選抜系統
- CIFC 832/2(サルチモール・カティモールの親)、CIFC 1343(コロンビアのカスティージョ・タビの親)など、CIFCが番号で管理する複数の系統がある
このページは、当サイトの他の品種ページと性格が違う。 WCRの品種カタログには、ティモール・ハイブリッド単独のエントリが存在しない(2026年8月時点、timor-hybrid/hibrido-de-timor/hdt/timorの4つのURLでいずれも404を確認)。栽培用の品種としてではなく
育種素材として扱われているためと考えられる。したがってこのページには、他の品種ページにある樹形・収量・標高帯といったWCRカタログ準拠のスペック表がない。内容は、WCRカタログの
ビジャサルチ・Marsellesa・IAPAR 59の各エントリの記述と、当サイトが既にCenicaféの一次資料から作成した
カスティージョ・
タビのページの内容を突き合わせて構成している。
02
さび病耐性が中南米に渡るまで
SOURCE: WCR VARIETY CATALOG「Villa Sarchi」History
コーヒーさび病(Hemileia vastatrix)は葉を落とさせ、深刻な減収を招く病害である。ティピカ・ブルボンをはじめ、当サイトの伝統品種ページはほぼすべて「さび病耐性:低い・感受性あり」と記載している。その状況を変えたのが、東ティモールで偶然生まれた1本の交配種だった。
- 1920年代
- 東ティモール島で、アラビカ種とロブスタ種の交配種が自然発生する。人が計画して作ったものではない
- 1958年または1959年
- ポルトガルのコーヒーさび病研究センター(CIFC)が、ティモール・ハイブリッドの種子を2回に分けて受け取る
- 選抜
- 2回分の種子から、さび病への高い抵抗性を理由に2個体が育種用に選ばれた
- 1970年代の危機感
- 中南米の育種家・生産者、そしてこの地域のコーヒーに依存する世界のコーヒー産業は、中南米に到達したばかりのさび病を強く懸念していた
- 1967年
- CIFCの育種家が、さび病に耐性があり、かつ密植できるコンパクトな樹形を併せ持つ新品種の開発に着手
- 交配
- 耐性個体のひとつHDT CIFC 832/2を、矮性品種と掛け合わせる
ロブスタの遺伝子が、アラビカを救った。 当サイトの
ベトナム・
インドネシアなどの産地ページや、
Sln.1R以降のロブスタ品種ページで扱っているCoffea canephora(ロブスタ)は、一般には「アラビカより安価な種」として語られることが多い。しかし現在の中南米で栽培されている耐病性品種の多くは、このロブスタ由来の遺伝子をティモール・ハイブリッド経由で受け継いでいる。
アラビカとロブスタは、市場では別物として扱われながら、遺伝的にはこの一点でつながっている。
03
サルチモールとカティモール——名前の意味
SOURCE: WCR VARIETY CATALOG「Villa Sarchi」「Marsellesa」「IAPAR 59」
耐病性品種の名前としてよく出てくる「サルチモール」「カティモール」は、いずれも掛け合わせた矮性品種の名前+「モール(-mor)」=ティモールを合成した造語である。
- サルチモールSarchimor
- HDT CIFC 832/2 × ビジャサルチVilla Sarchi。この交配で生まれたハイブリッド361(H361)が「サルチモール」と名づけられた
- カティモールCatimor
- HDT CIFC 832/1 × カトゥーラCaturra。CIFCでのこの交配の呼称はH26で、中米ではこの集団にT8667・T5175の番号が与えられた(サルチモールの親が832/2であるのに対し、カティモールの親は832/1——2026年8月12日にWCRカタログの各エントリで確認)
当サイトに既にページのある品種・産地のうち、ティモール・ハイブリッドに由来する耐病性を持つものを一覧にすると次の通り。系統をたどると、いずれもこの1本の自然交配種に行き着く。
CIFCが配布したHDTの系統は1つではない。 サルチモールの親は832/2、カティモールの親は832/1(それぞれのWCRカタログエントリのLineage欄で確認)。さらにコロンビアの
カスティージョ・
タビの親はCenicaféの一次資料上
CIFC 1343と記載されている。同じ「ティモール・ハイブリッド」でも系統番号が異なり、持っている耐性遺伝子の組み合わせも同一とは限らない。当サイトのカスティージョのページで扱っている「CIFCによる生理学的グループ判定」も、この系統管理の一環にあたる。
04
品質面での議論
ロブスタの遺伝子が入ることでカップ品質が落ちるのではないか、という論点は業界内でよく語られる。当サイトでこの点について一次資料で確認できているのは、コロンビアのCenicaféによる評価だけである。
- カスティージョ:Cenicafé研究チームによる二重盲検・記述的・定量的官能評価で、ティピカ・カトゥーラ・ブルボン・コロンビア品種と比較して統計的な有意差なし。
- タビ:農家圃場サンプルの評価で「優秀」判定の出現頻度がコロンビア品種と同率で最高(27.3%)。カトゥーラ赤18.2%、ブルボン/カトゥーラ黄/ティピカ各9.1%を上回った。
いずれも育成機関自身による評価である点は、読み手として踏まえておくべき前提として明記しておく。第三者機関による比較評価は、当サイトでは未確認。
05
今後追加すべき項目
- CIFC自身の一次資料 — 本ページの経緯はすべてWCRカタログおよびCenicafé文書を経由した記述であり、CIFC(ポルトガル・コーヒーさび病研究センター)自身が公表した文書は今回未取得。系統番号の管理体系や、832/2・1343以外の系統についても未調査。
- 東ティモールでの発見の詳細 — 「1920年代に自然発生」という以上の記述(発見者、場所、確認の経緯)はWCRカタログにない。東ティモールに産地ページもまだない。
- Marsellesa・IAPAR 59の品種ページ — 作成済み。マルセジェサ・IAPAR 59、および両者の出発点であるT5296のページで、サルチモール群の全体像を扱っている。
- カティモール系の個別品種ページ — 作成済み(T8667/T5175/コスタリカ95/レンピラ/IHCAFE 90、2026年8月12日)。残る候補はエルサルバドルのカティシック(Catisic)。
- 第三者によるカップ品質評価 — 上記04章の通り、現状は育成機関自身の評価のみ。COE等の競技会での入賞実例を集めれば、間接的な裏付けになる可能性がある。
- 耐性の持続性 — WCRはカタログ内で「今日ある病害に耐性のある品種が、明日も耐性があるとは限らない」と繰り返し注意している。カティモール群ではこれが実際に起きており(コスタリカ95・レンピラ・IHCAFE 90で感受性が確認済み)、詳細は各ページの03章に記載した。さび病のレース変異そのものの一次資料は未取得。
- World Coffee Research, Variety Catalog「Villa Sarchi」(2026年8月10日取得)— ティモール・ハイブリッドの由来、CIFCによる受領・選抜・1967年の育種開始、HDT CIFC 832/2とサルチモール/カティモールの命名経緯
- World Coffee Research, Variety Catalog「Marsellesa」「IAPAR 59」(同日取得)— Lineage欄「Timor Hybrid 832/2 x Villa Sarchi」および育成機関
- 当サイトカスティージョ・タビのページで既に引用しているCenicafé「Avances Técnicos」各号 — HDT CIFC 1343を親とする交配、および官能評価の結果